小説置き場2

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あやかし姫~そのお出かけの日(2)~

「こんなもんか?」
「うむ、馬子にも衣装だな」
「孫にも衣装?」
「……ああ、いい、忘れてくれ」
 太郎は、黒之助に、旅の装束を見てもらっていた。
 真の衣は久々である。いつもは、変化の術で済ませていた。
「なぁ、変化じゃあ駄目なのか?」
「変化だと、気を抜くとすぐ尻尾が出る。袴を穿いていれば、少しは気にするだろう」
「どうせ耳も出るっての」
「……面倒は避けられよ。太郎殿はいいが、姫さんも一緒なのだ」
「わかってる」
「これからも行くことがあるはずだ。出入り禁止は、な」
「……黒之助は、頭領、まだ戻ってこないと?」
 黒之助の言葉は、つまりはそういうことだ。
「少し気になることがある」
「何だ?」
「いや……まだ、噂だ」
「いつもなら、報せが来るのにな。姫様、そういうこと気に病むのに」
「……」
 太郎にとって、頭領は恩人である。行き倒れになりかけた太郎を、受け入れてくれた恩人だ。金銀妖瞳を、褒めてくれた人だ。
 黒之助にとって、頭領は師である。黒之丞と共に罪を犯した黒之助を、頭領は置いてくれた。
 今は、二人とも、胸の内にしこりがある。姫様に関わる、しこりが。
 それは、頭領という、何も語らぬ人物への不信に繋がっている。
 黒之助は、気づかぬふりをしようとしていたが、太郎は、はっきりと持っていた。
「生きていらっしゃるとは、思うのだが」
「殺しても死ななそうな方だもんな」
「……失礼だろう」
「あ、わりぃ」
 湯上がりの火羅が、廊下をふらふらと歩いていった。
 ちょうど衣を脱いだばかりの太郎に目をやり、見た目にはっきりとわかるほど、狼狽えていた。
「火羅、のぼせてんな」
 引き締まった人の躯から、白い毛に覆われた狼の姿になる。
 火羅が必死に目を逸らしていた理由がわかっている黒之助は、苦笑いを浮かべた。
「また、姫様と我慢比べしたのかな」
 懲りないねぇと、太郎は言った。
「火羅殿は……少々、姫様につっかかりすぎないか?」
「おう?」
「今日も、そうだ。姫様に声を荒げて……姫様は、火羅殿を友人だと言われるが、どうもな」
 腕を組み、目を伏せる。
「朱桜ちゃんや咲夜とは違うな。葉子とも沙羅とも違う。でも、ああいう、じゃれ合える友人ってのも、ありじゃねえの?」
 黒之助は、片目を開けて、太郎を見やった。
「太郎殿は、すんなりと受け入れたな」
「姫様が友人って言うんだ。それで、俺はいいと思った」
 それに、あの弱々しい姿を見ていた。
「太郎殿は、姫様第一だな」
「大切だ」
 尻尾を嬉しそうに振る。
「第一ではないのか?」
「うーん……いや、一度考えたことあんだよ。もしもだ、もしも、咲夜と姫様が危うくて、それで、どちらか片方しか助けられないとしたら、俺どうしようかなって」
 真剣に言いやる太郎に、黒之助は忍び笑いを浮かべた。
「どうされる?」
「考えてたら朝になったんで、考えるのやめて飯作りに行った」
「太郎殿らしい」
「でも、姫様は大事だ。胸張って言えるぞ」
「ふむ。火羅殿か……葉子殿も、すんなりと受け入れられた。拙者は器が小さいのか」
「黒之助、小さいじゃん」
「……」
 ぶちぃという音を立て、青筋が浮かび上がる。
 からからと、太郎は笑った。
「葉子は、姫様のお母さんだからな。姫様と火羅が仲がいいって、わかるんだろう」
「であろうか」
「それよりも、明日のことだ。葉子と火羅、留守番出来るかな」
「出来るだろうな。火羅殿は、従順だ。姫様以外にはとても……それに、太郎殿が人の心配出来る立場か」
「明日、俺が気をつけないといけないのはー、喧嘩しないってのと、耳と尾は出さないってのと、姫様守るーってのと……あれ、喧嘩しないと、矛盾すんぞ。どうすんだ?」
「姫様の意に従えばよろしかろう」
「お、そうだな。姫様賢いもんなー。あっちに、強い妖って、いたっけ?」
「名のある妖は、いないはずだ。拙者は、妖よりも、人に気をつけた方が良いと思うが」
「人? ああ、妖の姿を見せないってことか」
「違う。妖と戦うことで、生きる糧を得る者もいる。月心殿の父君などは、そうであろうよ。太郎殿の名は、かなりのものだ。打ち負かしたとなれば、そんな生業の者達にとって、格好の宣伝になる。そう考える、馬鹿な奴がいるかもしれん」 
陰陽師や、坊さんか。俺、苦手なんだよな、搦め手から攻めてくる奴って」
「姫様が上手くあしらわれるだろうが……いらぬ争いは、避けるべきだろう」
「わかった、覚えておく」
「太郎殿を打ち負かせる剛の者など、そうそういるとは思わぬがな、念のためだ」
「俺より強いってことは、黒之助よりも強いってことだもんな」
「……あとは、そうだな。姫様が疲れたと言ったら、すぐ休むように」
「はいはーい」
「太郎さん」
 湯上がりの姫様。
 肌も髪も、艶を帯びていた。
 長風呂。今日は、特に念入り。珍しく、玉のような肌に朱が入っていた。
「明日はよろしくお願いします」
「うん、わかった」
「姫さん、明日は早いのです」
 黒之助が言った。
「うーん、目が冴えちゃってるから……クロさん、白蝉さんと黒之丞さんに、宜しくね」
「葉子に、子守歌唄ってもらいな」
「子守歌……いいかも! ありがとう!」
 さてと……姫様が早足に立ち去ると、太郎は前脚に頬をつけ、耳伏せ目を閉じた。
 黒之助は、姫さん、さぞかし人の目を惹くだろうなと思いながら、半人半妖のまま、寝転がった。
 葉子の心地良い唄が聞こえ始めた。
 耳を澄ましていると、誘われるように、姫様の部屋の気配が、二つから三つになった。



「彩花さまのところに、火羅さんが――
 おかしいですよ、そんなの。あの人は、悪い人ですよ。
 そうか、彩花さま、きっと騙されてるです。
 彩花さまは優しいから、情けを掛けられて助けたけど……狡いです。狡いです狡いです。
 そんなの、狡いですよ。
 私は、彩花さまのために、何も出来なかったのに……狡いです。
 どうして、あの人が、傍にいるのですか? いられるのですか?」
 書状を、火に翳す。
 冷えた瞳で、紙が、燃え、踊るのを、眺める。
 幼子の額に生える角が、こもりと動いた。