小説置き場2

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あやかし姫~そのお出かけの日(3)~

 寝苦しさを覚え、姫様は目を開いた。
 まだ、朝には早い。冬の淡い陽の光が差し込んでいない。
 目を慣らすために、暗い天井をじっと見つめる。
 しばらくすると、木目も読みとれるようになった。
 それから、自分がどのような環境に置かれているか確認し、もぉ、と、音なく声をだした。
 寝苦しいはずだった。
 火羅が、姫様の布団に入り込んでいた。右隣で、身体を丸めている。
 葉子が、自分の布団を壁に蹴飛ばし、左から、姫様のお腹に両足を載せていた。重さはなかった。
 つまり、三人で一つの寝具の上にいるのだ。
 まず、息を潜め気配を殺す。
 それから、慎重に白狐の足をよける。くあぁと、気持ちよさそうに白狐は寝入っていた。
 姫様が布団から抜け出ると、火羅が、姫様を求めるように、小さく手を動かした。眉が寄り、苦しそうに、八の字を描いている。姫様は、柔らかな手に、自分の手を重ねるかしまいか、しばし逡巡した。
 迷いながら見ていると、火羅は葉子の袖を掴み、安らかな顔になり、寝息をたて始めた。
 二人に、布団を掛けてやる。
 単衣を羽織ると、部屋を出た。
 身体が、少し熱い。あんなに密集したら冬であっても熱くなるだろうと思った。
 昨晩は、太郎に教えてもらったとおり、葉子に子守歌を歌ってもらった。
 姫様のお願いーっと、白狐は張り切っていた。
 歌声に耳を傾けていると、戸がそっと開いた。
 枕から頭を離すと尋ねやった。
「どうしたの?」
「えっと……同じ部屋で、寝てもいい……かな?」
 火羅は、横向きながら、そう、言った。
 姫様が頷くと、無言で自分の布団を部屋に運びやった。
 もう、用意していたらしい。
 葉子が笑っていた。
「じ、自分だけ、そんないい唄を聞くだなんて、ず、狡いんだから!」 
 そう言うと、布団を頭まで被った。ちゃっかり姫様の横に敷いている。
「いい唄だって」
 白狐と顔を見合わせる。八重歯が光った。
「嬉しいねぇ」
 葉子が喉を震わせ、また歌い出す。
 火羅の布団がもぞもぞと動いた。 
 姫様も、葉子も、薄目を開けてそれを見ていた。
 顔を出す。
 姫様が笑みを零すと、かぁっと火羅は顔を真っ赤にして背を向けた。 
「あれからどうなってああなったのかな?」
 三つ布団を敷いていたのに、起きたときには、一つしか使っていなかった。
 葉子は寝相が悪い。それはよく知っている。
 火羅も寝相が悪い……いや、寝ぼけるのかもしれない。前も、寝ぼけた火羅に、身の危険を感じた。
 明日いないんだと、寂しげに言われた気がする。
 それから、布団に入られたような。
「まぁ、いいか」
 妖達のように、夜目が利くわけではない。しかし、ずっとずーっと住んできた我が家は、隅々まで把握していた。姫様の足取りに、淀みはない。
 縁側。目当ての者を見つける。
 腹這いになっていた太郎の横に腰を下ろす。
 妖狼の白尾が、すっと伸ばされる。
 それに、くるまる。
 朝焼けが近づいていた。
「早起きだね」
「姫様も」 
 まだ目覚めていない古寺は静かだった。
「クロさんは?」
「そこで眠ってる」
 金銀妖瞳が、居間を見やる。
「わかんだろ?」
「……あれ?」
「うん?」
「ああ、本当だ」
 寝起きだから、感覚が鈍っているらしい。
 古寺を思い浮かべる。
 次々と敷地のそこかしこに妖の姿が落ちてくる。
 最後に、太郎の姿が浮かび、目の前の光景と重なった。
「お出かけだよお出かけ」
「お出かけだな」
 姫様の弾んだ声。太郎の声も弾んだもの。
 二人とも、嬉しげであった。
「二人っきりだね」
「そうだな」
「久し振りだよね」
「……うん」
 二人だけが、なかなかなくて。
 逢おうとすると、何かしら邪魔が入る。
 逢おうとする日に限って、小妖達が宴を始めたりする。
 黒之助が延々と錫杖を振るっていた時もあれば、目を覚ました葉子が「姫様~」と情けない声をあげ始めたときもある。
 縁側にへたり込み、惚けた表情を浮かべていた火羅を見つけたこともあった。
 万事が万事、その調子なのだ。ついぞ、逢瀬の機会はなかった。
 今までが、運がよすぎたのだ。この場所で、二人っきりで逢うことは難しいのだ。
 それを、しみじみと感じた。
 だから、嬉しい。
「用意出来てる?」
「やったやった。黒之助に見てもらったから、大丈夫だ」
 息。
 白い息。浮かんで、溶けた。
 旅支度。葉子と火羅と、相談した。
 一日がかりだから、それほど遠くはない。でも、葉子はあれやこれやと持たせたがった。
 火羅は、派手な物を着せたがった。
 ちょっとこれは――と、姫様が引く物も。
 さすがに肌を晒しすぎではないかと。すーすーしそうだ。火羅は、いいのにと不思議そうにしていた。
 ああいうのは、火羅や葉子や鈴鹿御前や咲夜や沙羅や桐壺が着ると似合うのだ。
 自分には、合わない。着なくてもわかったし、着たくもなかった。
 ほらほらと、火羅と葉子が着てみせた。似合っていた。
 ぞわりと、神気が漏れた。
 結局、白地の無難な物に落ち着いた。
「行ってー、帰ってー」 
 くるくると白毛を小指に絡める。
「お土産買わないとね。いっぱいになりそう。荷物、お願いします」
「あいよ。疲れたら、すぐに言えよ」
 子供に言い聞かすような物言いに、少し、かちんと来た。
「あのね、私も子供じゃないんだから。一応、これでも薬師なんだし。それに、ちょっとぐらい歩きづめでも大丈夫です」
「だといいけど……」
「全く」
 古寺の姫君、薬師、白狐の娘、真紅の妖狼の友人。
 色々な顔がある。
 今日は、一つの顔を、見せていればいい。
「姫様、そんなに身体強い方じゃないし……」
 心配してくれていた。
 それは、まぁ、身体を動かすことは得意じゃないけど。
 でも、子供の頃は、いつも駆け回ってたわけだし。古寺を、だけど。
「ああ、もう、わかりました。今日は弱音を吐きません!」
「え」
「自分の足で、全部やります」
「はぁ……俺、いらない?」
「いります。いるに決まってます」
 そろそろ、朝焼け。
 ふわふわとした尾を外す。
 山が、色づく。
 夜が明けていく。
 ああ、楽しみだと思った。