小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

学園あやかし姫の二!

「お嬢様のクラスの出し物は白雪姫さか」
 こくこくと、某クロミ嬢クッションに顔をぎゅーっと押し当てながら少女が頷いた。
「で、そなたの仕事は?」
 蒼白い肌を黒髑髏の着物に包んだ少女が大スクリーンでゲームをしながら尋ねた。
 敵将討ち取ったりー、という野太い声が響き、「この糞護衛武将が」という舌打ちを。少女はコントローラーを放り投げると、本体の電源を落とした。
「また失敗した……忌々しい。で、そなたは何をする?」
 少女の着物はいわゆるゴスロリ風。
 滲み出る艶美さと退廃さによく合っていた。
「お嬢様? お嬢様ー」
「うー、聞こえてます!」
「ああ、あれか、背景の木Aか」
 くつくつと笑み、串団子をぱくんとした。
「お嬢様なら屋久島の古木にも負けない木さよぉ」
 メイド服姿の女がうっとりと。
 女のメイド服にも髑髏があしらわれていた。
 髑髏の禍々しさも、女が着ると賑々しさに変わるのだから不思議なものだ。
「……ます」
「はい?」
「違います」
「何じゃ、違うのかよ。では何をする?」
「……子」
「あん?」
「王子様です……」
「ほぉ」
 少女は、串を皿に置くと次の串団子に手を伸ばした。
「お嬢様が王子様! これは後世に残る舞台になり……は、王子? 毒リンゴ食べない?」
「ええ、食べません」 
 真っ赤な顔を上げる。
 某クロミ嬢の顔がぺちゃんこになっていた。
「あれ、王子様って……あれー?」
 メイド長葉子は見事に混乱していた。左右に何度も首を傾げる。
 その度に白髪が行ったり来たり。
「ふーむ」
 顔を近づける。
 二人の少女。顔も姿形も同じ。どちらも美しい。
 しかし、違う。
 着物を纏っている方が肌が蒼白いが、それだけではない。
 片方は色香を撒き散らし、片方は清楚さに包まれていた。
「彩花なら似合うかもしれぬ」
 きちんと揃った前髪をあげ、額を出させる。
 後ろに廻ると、長い髪を手首につけていた黒い紐で結びやった。
「おう、似合う似合う。そうか、男装というのも考えてみるべきだったな」
 清楚な少女が凛々しさを増す。
 これで腰に剣でも履かせきりりとした表情を見せれば、世の乙女心を掴むことが出来るであろう。
「お、お姉様……」
 情けない声を彩花はあげた。双子の姉である彩華は、いやほんとよと妖しく笑った。 
「そなたが王子役か。では、白雪姫は?」
「ひ、火羅さんです……」
 くかかかと彩華が高い笑い声を出した。
 で、咳き込んだ。
 いっそう青ざめる。 
 彩花も葉子も青ざめる。
 あたふた。
 彩華は病弱で貧弱だった。風邪を引くと生死を彷徨い、くしゃみをするとあばら骨が逝くぐらいには。
 彩花が差し出した粉薬を飲み干すと、
「面白いぞ……妾も協力してやろう」
 そう、にたりと嗤った。



 役柄を投票で選んだのは失策だったと火羅は今でも思っている。
 しかし、だ。こうなるとは思わなかった。まさか、自分が白雪姫に選ばれるとは。
 ぶっちぎりで。
 ちなみに、ダントツの獲得数を得た役柄は四つ。
 火羅の白雪姫――
 沙羅の善い魔女――
 そして、彩花の王子様と、鈴鹿先生の悪い魔女。
 沙羅はわかる。自分も投票した。
 担任である鈴鹿御前にも投票してみた。
 結果が公表されたとき、のけぞってわなわな震えていたが、自分で言い出したことなので覆せなかった。本人は、投票にすればきっと白雪姫に選ばれると思っていたらしい。
 目立ちたがり屋な先生だった。
 委員長である彩花が、鈴鹿先生のような美しい方でなければこの役は出来ません、と、怒りを鎮めていたのが印象的だった。大変だなーっと黒板に書き終えた火羅は他人事のように思った。
 このクラス、委員長が彩花で副委員長が火羅なのだ。
 おかしい。
 彩花はわかる。理事長の孫だし、成績優秀で人柄も申し分ない上に、見目麗しいときている。
 きっと自分は金魚の糞なのだろう。
 確かに彩花の後によくついているけど。
 で、王子役と白雪姫役。
 結果を聞いたときチョークをぽきんと折ってしまった。
 二人とも目が点だ。発表した彩花本人も。
 怒り心頭だった鈴鹿先生が笑い転げていたのが忘れられない。
「何でよ!」
「私も入れたよ」
咲夜さんもか!」
「沙羅ちゃんもそうだって。はい、締めるよー」
「ぐぇ」
 衣装合わせ。ちょっと小さい。
 衣装係である咲夜は、入らないなと首を傾げた。
「あれ、おかしいな。サイズはあってるはずなのに……太った?」
「し、知らないわよ!」
 太ったのではない。ちょっと胸の辺りが成長したのだ。
 言わないけど。
 彩花に伝わると、
「盗ったー、私の分盗ったー」
 と恨めしく言われるに違いない。体型が幼いのだ。
 でも、私服では年上に間違われる。姿は幼くても、纏う雰囲気は大人びていた。
 ぱちぱちと向こうの方で拍手。
 王子様完成。で、歓声。
 恥ずかしそうに俯いている彩花。
 長い髪を後ろで一つくくりにし、いつもは隠れている額を見せていた。
 せっかく用意したさらしは必要なかったらしい。
「王子、真面目な顔真面目な顔」
 声に応じ、きっと凛々しい表情を浮かべる。
 すぐにへなんと崩れた。
「天翔龍閃、天翔龍閃」
「は、はぁ? えっと、こうだっけ?」
 完全に遊ばれていた。
「どう、あの王子様。惚れ惚れするでしょ」
「ま、まぁ、悪くないわね」
「あ、今回の衣装のデザインは彩花さんのお姉さんから頂きました」
「……やっぱりそうなの」
 何となくそんな気がしていた。この露出の多さはあの人の趣味だと。
 よくわからないが、火羅は彩華に気に入られていた。
 珍しいことらしい。沙羅も咲夜も、それほど親しくはないという。
 妹が可愛くて仕方がないというのが、唯一の共通項。それ以外に接点はない。彼女は博学で、話についていけないことが多いが、そんなことも知らぬのかと溜息を吐く姿は、何とも艶めかしかったし、嬉しく感じていた。
「おっし、収まった!」
「んぐ、む、胸が……」
「ほら、開けて開けてー。王子様とお姫様並べるよー」
 どんと、背中を押される。
 道が開く。
 並ぶ。
「え、えっと……」
「ど、どうも……」
 気まずい。いつも一緒にいるのに気まずい。
 顔を見合わせた。正面から見た。彩花が王子役に選ばれたのも頷ける。
 そう、火羅は思った。
 惚れ惚れしそうだった。 



「あに様ー、こっちこっち」
「おう」
 咲夜が、兄を呼ぶ。
 一つ学年が上の太郎だ。
 二人が座ったのは体育館の真ん中に位置する席。
 衣装係は当日はすることがないのだ。
「葉子さん、こんにちわ」
「やっほー」
 彩花のメイド長である葉子もいた。太郎とも顔見知りだ。
 咲夜と太郎は、彩花の馬鹿みたいにだだっ広いお屋敷の真ん前に居がある。だから、昔からなにくれと一緒に遊んでいた。
 早い話が幼馴染みだった。
「黒之助さんも」
「黙れコワッパ」
「うるせぇオッサン」
「ああ、もう、クロちゃん!」
「あに様、喧嘩は駄目ー」
「王子、王子、彩花さまの王子様~」
 あどけない鼻歌。太郎が、執事長との不毛なガンの飛ばし合いを切り上げ、歌の主を見た。
「朱桜ちゃんもいたのか」
 幼い園児服の女の子。カメラのレンズを拭き拭きしていた
「はい、幼稚園は自主休園です♪ 光君と白月ちゃんは、逃げる途中で、残念ながら桐壺先生に捕まってしまいましたです。尊い犠牲なのです」
 合掌♪
「……」
 いいのかと、太郎は思った。
「これで彩花さまの晴れ姿をばっちし撮るですよー! 永久保存です! 毎晩観るですよー。うふふ、彩花さまコレクションがまた一つです♪ 今日は眠れないのです! あ、昨日も眠れませんでした!」
「……」
 毀れてるなと太郎は思った。
 一団に向けられる奇異の眼差し。
 異様な集団だった。
 学園一の暴れ者と、メイド服姿の美女と、執事に、幼子に、普通の少女。
 太郎が一睨みすると、視線は舞台に集中した。
「あれ、お姉さんの方は?」
「彩華お嬢様は、舞台袖で観たいと仰せでな」
 ふーん。
「大丈夫なのか?」
「彩花お嬢様がいるから、大丈夫であろう。しかし、この舞台、相手が火羅殿でよかった。男子であったら、主がどのようなことをしでかすか」
「いやぁ、血が流れずにすんでよかったよかった。さ、あたいもカメラカメラー」
 結構物騒な会話を楽しそうにしていた。
 元傭兵と元スパイだから、どうってことないのかもしれない。
 カメラと言いながら、小さくて無数のレバーがついたリモコンを取り出しても、太郎は気にしない。
「始まるな」


 
「あ、太郎さんも来てる……はぁ、ドキドキするなぁ」
 舞台袖。一つ上の幼馴染みの姿を目に留めた。
「彩花よ、彩花よ」
 手招き。
「はい、お姉様……」
 こつんと彩華が軽く額を彩花の額にぶつけた。
 二人だけのおまじない。緊張しがちな妹を、こうして姉は力づける。
「そう緊張するな。おぬしならやれる。妾の妹なのだ」
「……頑張ります」
 出番。
 スポットライトを浴びる。
 勇ましい男装の麗人。舞台に姿を見せた瞬間、乙女心をつかみ取る。
 朱桜が、涎を垂らさんばかりに大口を開けた。
 あれ、どうしてお姉様、私と同じ格好をしているんだろうと、剣技を披露しながら彩花は思った。
「九頭龍閃!」
 


 うー。えっと、あとは、王子様のキ、キ、キ、キスで、目が覚めてお終いだよね。
 は、早くー。早く終わらせてー。
 ど、どうせフリなんだからね!
 鈴鹿先生、堂に入ってたなぁ。ビービー、子供が泣いちゃうぐらい。
 沙羅ちゃん、台詞廻しがとってもゆっくりだったなぁ。
 彩花さんもよかった。
 葉子さんに教えられた、運動下手でも上手く見せる方法、ちゃんと披露してたし。
 凛々しくて、とっても格好よかったぁ。
 そういえば、悪い魔女の下っ端の中に、青龍刀を持った髭が長い人がいたり、戦っている途中、赤い馬に乗った戟を持った少女が助けにきたりと、よくこの劇の時代背景がわかんないんだけどいいのかな?
 ま、大丈夫か。
 さ、早くー。うー、でも、しないってわかっていてもドキドキする。
 あはは、何考えてるんだろう。
 女の子同士なのに。
 赤麗にも見せたかったな。後で葉子さんに頼んで見せてもらおうっと。あちこちにカメラ隠してるだろうし。
 棺の蓋が開かれる。
 王子が、眠りについた白雪姫の細い腰に手を廻し、抱き寄せる。
「あれ?」
 朱桜が口を閉じ、目を細めると、ぷくーっと頬を膨らませた。
 七人の小人の泣き声が止む。
 口吻。
 長い、長い。
 王子の唇は、間違いなく、白雪姫の唇を捕らえていた。
 白雪姫が目を見開き、王子を見つめた。
「姫、目が覚めましたか」
「あ、あ……」
「さぁ、妾と一緒に……」
 盛大な拍手。
 葉子と黒之助の表情は固まっていた。
 


「くっ、くっ、くっ」
「ど、どうして貴方が!」
「モデルの約束、守ってくれなかったじゃろう?」
「あ、あれは……その……だ、だって……」
「だから、罰じゃ。嘘吐きには、罰を与えねば」
「な、な、私の、は、初めての……初めての、き、き、き、」
「妾もふぁーすときすじゃったぞ」
 


 お終い



 はぁ、またやってみた。いつものように、そういう展開。苦情は受け付けない。さ、試験勉強やるか……