小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

学園あやかし姫の三!

「そんなに楽しみか?」
「はい! お爺様とお姉様と一緒にお出かけするなんて、滅多にありませんから」
 二人の幼い女の子。
 同じ顔をしていた。
 一人が、いそいそとリュックにお菓子を詰めている。
 一人は、扇風機の前でヴァーと波々声を出していた。
「彩花。遊園地なぞ子供騙しよ」
 アー、アー。
「彩華お姉様。私達、きちんと子供ですよ?」
 両手にポテチを携え、どちらを持っていこうかと悩みながら、彩花が言った。
「……まぁ、そうよな」
「お姉様はどっちがいいと思います?」
「右よ」
「はーい」
 彩花は、彩華が指した方をリュックに入れると、きゅっと閉めた。
「……まぁ、妾も少しは調べやったのじゃが」
 ぽんと、遊園地攻略本を置く。
 ぱらと彩花がめくり、わぁと、純真で愛らしい笑みを浮かべた。
 本には幾つも線や丸や折り目が付けられていたのだ。
 読み込まれた証であった。
「案内は、妾がしてくれ……こふ」
 小さな、咳。
 口を押さえる。
 小刻みな咳は、なかなか止まらなかった。
「この……ゴフ」
 咳は、次第に大きくなっていった。
「お、お姉様!? お爺さま、お爺さま!」
「何、妾は大丈……」
 身体が、運ばれていく。
 喉と背中が、痛かった。
「む……」
「あ、お姉様。お目覚めになったのですね」
「彩花……暗いな。もう、夜か」
 がばと布団から出ると、右手に添えられていた彩花の手を胸の高さまで持ち上げ、両手で包んだ。
「夜じゃと! 今は!? ゆ、遊園地は!?」
「お姉様は、二日、眠っていて……」
「……行ったのか?」
「いいえ。私はずっとお姉様の側に」
「な、馬鹿か!? いつも忙しくしておるお爺様と出かける機会など、滅多にないのじゃぞ! それを……そなた、あれほど楽しみにしていたではないか!?」
「でも、お姉様がいないと……」
「馬鹿……」



「えっと……彩華さん?」
「ちっ」
 舌打ち、しかも露骨に嫌そうな舌打ちしたと、火羅は思った。
 冷ややかな視線は、火羅を震え上がらせた。
「なんじゃ、モデルは動くな」
「さっきから全然進んでないと思って」
 絵。
 双子の片割れである彩華は、絵が上手い。
 今日は、火羅をモデルに、絵を描こうと。
 元々、火羅がヌードモデルをつとめるという約束をしていたのだが、彩華が選んだ衣装で身を包もう、ということに落ち着いた。
 今、二人がいる場所は、彩華の作業場。
 彩華はキャンパスを前にし、火羅はソファーに横になっていた。
「……眠っておった」
「ね、眠って!? 私には動くなと言ったのに!」
 口は動かすが姿勢はそのまま。
 火羅は、赤と黒に染められた着物をまとっていた。
 衣を選ぶとき、火羅の意見は全く聞き入れられなかった。だが、綺麗な格好をさせてもらい、まんざらでもない。
 おしゃれにお金をかけられない懐具合からも、だ。
「昔のことを夢に見た。嫌な夢じゃった」
 肩をくるりと回し、首をこきと左右に振り、それから、あくびを一つ吐いた。
「昔、彩花とお爺様と、三人で遊園地に遊びに行く約束をしたことがある。じゃが、結局行けなんだ」
「……どうして?」
「妾は、このように身体が弱いからな。前日に、寝込んでしまったのよ。彩花は、妾につくことを選びおった。本当に楽しみにしていたのに」
「残念ね」
「……彩花は、妾のことが嫌いなのかもしれぬ」
「な、なに言ってるの。そんなことないわよ」
 火羅は、慌てた。彩華の落ち込んだ表情を、初めて見たというのもあった。
「いや、きっと本当は嫌っておる。そうやって、どれだけ迷惑を掛けてきたか……跡目争いも起こっておるし、こんな姉は、居ない方がいいのじゃ」
「やめて!」
「ぬしも、嫌々つき合っておるのだろう? 彩花の双子の姉だからと」
「……違うわ」
「遠慮しなくてよいぞ」
「そうじゃない。彩華さんの頼みだから、こうやって絵のモデルにもなってるの。彩花さんの姉だとか、八霊財閥だとか、そういうのは関係ないから」
「おぬし……嬉しいことを言ってくれるではないか」
「え、えへ」
 頬に手をやった。彩華の目が、きらりと光った。
「動くな」
「え、あ、はい」
「ちっ」
 また、舌打ち。
 彩華は、乱暴に鉛筆を筆箱に入れると、
「ダメじゃな」
 そう言った。
「……ダメって。二時間も」
「ダメなものは、ダメじゃ。いや……そもそも、その格好が悪い」
「は!? これ彩華さんが選んだのよ」
「やっぱりヌー」
「いーやーでーすー!」
「ええい、嫌よ嫌よも好きのうちよ!」
「ちょ、ちょっと!」
 押し倒された。逆らおうとした。
 鼻先を近づけ、にやりと彩華は艶美さを浮き出した。
「妾は身体が弱いゆえ、少し乱暴されただけで、寝込んでしまうかもしれぬ」
「ぐ、」
「だーかーらー、逆らうなよ。妾が病室に運ばれると、そなたに莫大な借金が発生するぞ」
「い、いやー」
「むぅ、彩花のような清楚さはあんまりないのだから、もっとこう、色香を出した方が面白いのか?」
「さ、彩華さん?」
「とりあえず、肩を露わにしてみるか」
 借金――ただでさえ、身体の弱い赤麗との二人暮らしで困窮しているのである。
 これ以上、生活を切りつめることは無理だ。
 逆らわないようにしよう――よよよ。
「太腿も出してみるとしよう。すらりとした綺麗な足なのだし」
「ありがとー」
 褒められた。礼を言った。
「帯を緩めて胸元をはだけさせてっと……おお、これで、」
「彩華お姉様、火羅さん、そろそろ一、休、み……」
「あ、」
「あ、」
 彩花が、お茶とお菓子を運んできた。
 目を点にすると、ごしごしと擦った。
「……ちょっと出直してきます」
 行ってしまった。
 彩華が上になり、火羅が下。鼻先近づけ、息を荒くし、衣を淫らにした火羅と、淫らにさせていた彩華は、彩花には一体なにをしているように見えたのか……
 しかも、二人には学祭の前科がある。 
「まずいの」
「は、早くどけて!」
「うむ」
 彩華は、落ち着いてソファーに座った。
 火羅は、必死に衣を整えた。
「彩華お姉様、火羅さん、そろそろ一休みしましょう」
 同じ台詞を、機械的に言った。目を伏せ、なんとも言い難い微笑を浮かべながら。
 三人で、お茶を飲む。
 気まずい。気まずいよーと火羅は思った。
「えっとね、彩花さん。さっきのは」
「……色々ですからね」
「馬鹿じゃな、耳まで赤くして言っても」
 彩華が耳打ちした。ええと火羅は耳を押さえる。そういえば、さっきから顔が熱いような。
「私は、気にしませんよ。人が愛し合う形は様々ですから……ええ、ええ、それで、お二人はどこまで?」
 お嬢様、湯呑みで口元を隠しながら興味津々。
「ち、違うんだって!」
 ぶわと泣きながら、火羅は彩花にあれこれと弁明を始めた。



「つまり、絵のモデルの一環だと」
「そう、そうなの! 彩華さんがああした方が私には似合うって」 
「お姉様」
「むぅ」
「あまり火羅さんに迷惑をかけないように」
 何気ない一言が、彩華の見た夢の話を、火羅に思い出させた。
「ち、違うの。別に迷惑じゃないわ」
「……なら、いいのですが」
 疑わしげな視線を、あはと受け流した。
「私は、迷惑になんて思ってないから」
 かりかりと長い髪に指を入れる。
 彩花は、なにも言わず、お茶受けと空の湯呑みを持って姿を消した。
「はぁ」
「別に泣きながら説明せんでも」
「あっ!」
「……ほれ、拭え」
 ハンカチ。手渡される。
 目元を擦った。
「これ、洗って返すね」
「そんな……そうじゃな」
 言いかけ、止めた。
「絵は、どうするの?」
「くつくつくつ……さてと、」
 きらーん。
「さっきの装いが気に入ったでな。火羅、存分に乱れよ」
「あ、貴方……反省しなさいよ!」
「迷惑ではないんじゃろ?」
「そう言ったけど、反省しなさい!」



「葉子さん、葉子さん」
「はい?」
「いやぁ、愛の形も様々ですね」
 ぽっ。
「お、お嬢様?」