学園あやかし姫の三!
「そんなに楽しみか?」
「はい! お爺様とお姉様と一緒にお出かけするなんて、滅多にありませんから」
二人の幼い女の子。
同じ顔をしていた。
一人が、いそいそとリュックにお菓子を詰めている。
一人は、扇風機の前でヴァーと波々声を出していた。
「彩花。遊園地なぞ子供騙しよ」
アー、アー。
「彩華お姉様。私達、きちんと子供ですよ?」
両手にポテチを携え、どちらを持っていこうかと悩みながら、彩花が言った。
「……まぁ、そうよな」
「お姉様はどっちがいいと思います?」
「右よ」
「はーい」
彩花は、彩華が指した方をリュックに入れると、きゅっと閉めた。
「……まぁ、妾も少しは調べやったのじゃが」
ぽんと、遊園地攻略本を置く。
ぱらと彩花がめくり、わぁと、純真で愛らしい笑みを浮かべた。
本には幾つも線や丸や折り目が付けられていたのだ。
読み込まれた証であった。
「案内は、妾がしてくれ……こふ」
小さな、咳。
口を押さえる。
小刻みな咳は、なかなか止まらなかった。
「この……ゴフ」
咳は、次第に大きくなっていった。
「お、お姉様!? お爺さま、お爺さま!」
「何、妾は大丈……」
身体が、運ばれていく。
喉と背中が、痛かった。
「む……」
「あ、お姉様。お目覚めになったのですね」
「彩花……暗いな。もう、夜か」
がばと布団から出ると、右手に添えられていた彩花の手を胸の高さまで持ち上げ、両手で包んだ。
「夜じゃと! 今は!? ゆ、遊園地は!?」
「お姉様は、二日、眠っていて……」
「……行ったのか?」
「いいえ。私はずっとお姉様の側に」
「な、馬鹿か!? いつも忙しくしておるお爺様と出かける機会など、滅多にないのじゃぞ! それを……そなた、あれほど楽しみにしていたではないか!?」
「でも、お姉様がいないと……」
「馬鹿……」
「えっと……彩華さん?」
「ちっ」
舌打ち、しかも露骨に嫌そうな舌打ちしたと、火羅は思った。
冷ややかな視線は、火羅を震え上がらせた。
「なんじゃ、モデルは動くな」
「さっきから全然進んでないと思って」
絵。
双子の片割れである彩華は、絵が上手い。
今日は、火羅をモデルに、絵を描こうと。
元々、火羅がヌードモデルをつとめるという約束をしていたのだが、彩華が選んだ衣装で身を包もう、ということに落ち着いた。
今、二人がいる場所は、彩華の作業場。
彩華はキャンパスを前にし、火羅はソファーに横になっていた。
「……眠っておった」
「ね、眠って!? 私には動くなと言ったのに!」
口は動かすが姿勢はそのまま。
火羅は、赤と黒に染められた着物をまとっていた。
衣を選ぶとき、火羅の意見は全く聞き入れられなかった。だが、綺麗な格好をさせてもらい、まんざらでもない。
おしゃれにお金をかけられない懐具合からも、だ。
「昔のことを夢に見た。嫌な夢じゃった」
肩をくるりと回し、首をこきと左右に振り、それから、あくびを一つ吐いた。
「昔、彩花とお爺様と、三人で遊園地に遊びに行く約束をしたことがある。じゃが、結局行けなんだ」
「……どうして?」
「妾は、このように身体が弱いからな。前日に、寝込んでしまったのよ。彩花は、妾につくことを選びおった。本当に楽しみにしていたのに」
「残念ね」
「……彩花は、妾のことが嫌いなのかもしれぬ」
「な、なに言ってるの。そんなことないわよ」
火羅は、慌てた。彩華の落ち込んだ表情を、初めて見たというのもあった。
「いや、きっと本当は嫌っておる。そうやって、どれだけ迷惑を掛けてきたか……跡目争いも起こっておるし、こんな姉は、居ない方がいいのじゃ」
「やめて!」
「ぬしも、嫌々つき合っておるのだろう? 彩花の双子の姉だからと」
「……違うわ」
「遠慮しなくてよいぞ」
「そうじゃない。彩華さんの頼みだから、こうやって絵のモデルにもなってるの。彩花さんの姉だとか、八霊財閥だとか、そういうのは関係ないから」
「おぬし……嬉しいことを言ってくれるではないか」
「え、えへ」
頬に手をやった。彩華の目が、きらりと光った。
「動くな」
「え、あ、はい」
「ちっ」
また、舌打ち。
彩華は、乱暴に鉛筆を筆箱に入れると、
「ダメじゃな」
そう言った。
「……ダメって。二時間も」
「ダメなものは、ダメじゃ。いや……そもそも、その格好が悪い」
「は!? これ彩華さんが選んだのよ」
「やっぱりヌー」
「いーやーでーすー!」
「ええい、嫌よ嫌よも好きのうちよ!」
「ちょ、ちょっと!」
押し倒された。逆らおうとした。
鼻先を近づけ、にやりと彩華は艶美さを浮き出した。
「妾は身体が弱いゆえ、少し乱暴されただけで、寝込んでしまうかもしれぬ」
「ぐ、」
「だーかーらー、逆らうなよ。妾が病室に運ばれると、そなたに莫大な借金が発生するぞ」
「い、いやー」
「むぅ、彩花のような清楚さはあんまりないのだから、もっとこう、色香を出した方が面白いのか?」
「さ、彩華さん?」
「とりあえず、肩を露わにしてみるか」
借金――ただでさえ、身体の弱い赤麗との二人暮らしで困窮しているのである。
これ以上、生活を切りつめることは無理だ。
逆らわないようにしよう――よよよ。
「太腿も出してみるとしよう。すらりとした綺麗な足なのだし」
「ありがとー」
褒められた。礼を言った。
「帯を緩めて胸元をはだけさせてっと……おお、これで、」
「彩華お姉様、火羅さん、そろそろ一、休、み……」
「あ、」
「あ、」
彩花が、お茶とお菓子を運んできた。
目を点にすると、ごしごしと擦った。
「……ちょっと出直してきます」
行ってしまった。
彩華が上になり、火羅が下。鼻先近づけ、息を荒くし、衣を淫らにした火羅と、淫らにさせていた彩華は、彩花には一体なにをしているように見えたのか……
しかも、二人には学祭の前科がある。
「まずいの」
「は、早くどけて!」
「うむ」
彩華は、落ち着いてソファーに座った。
火羅は、必死に衣を整えた。
「彩華お姉様、火羅さん、そろそろ一休みしましょう」
同じ台詞を、機械的に言った。目を伏せ、なんとも言い難い微笑を浮かべながら。
三人で、お茶を飲む。
気まずい。気まずいよーと火羅は思った。
「えっとね、彩花さん。さっきのは」
「……色々ですからね」
「馬鹿じゃな、耳まで赤くして言っても」
彩華が耳打ちした。ええと火羅は耳を押さえる。そういえば、さっきから顔が熱いような。
「私は、気にしませんよ。人が愛し合う形は様々ですから……ええ、ええ、それで、お二人はどこまで?」
お嬢様、湯呑みで口元を隠しながら興味津々。
「ち、違うんだって!」
ぶわと泣きながら、火羅は彩花にあれこれと弁明を始めた。
「つまり、絵のモデルの一環だと」
「そう、そうなの! 彩華さんがああした方が私には似合うって」
「お姉様」
「むぅ」
「あまり火羅さんに迷惑をかけないように」
何気ない一言が、彩華の見た夢の話を、火羅に思い出させた。
「ち、違うの。別に迷惑じゃないわ」
「……なら、いいのですが」
疑わしげな視線を、あはと受け流した。
「私は、迷惑になんて思ってないから」
かりかりと長い髪に指を入れる。
彩花は、なにも言わず、お茶受けと空の湯呑みを持って姿を消した。
「はぁ」
「別に泣きながら説明せんでも」
「あっ!」
「……ほれ、拭え」
ハンカチ。手渡される。
目元を擦った。
「これ、洗って返すね」
「そんな……そうじゃな」
言いかけ、止めた。
「絵は、どうするの?」
「くつくつくつ……さてと、」
きらーん。
「さっきの装いが気に入ったでな。火羅、存分に乱れよ」
「あ、貴方……反省しなさいよ!」
「迷惑ではないんじゃろ?」
「そう言ったけど、反省しなさい!」
「葉子さん、葉子さん」
「はい?」
「いやぁ、愛の形も様々ですね」
ぽっ。
「お、お嬢様?」
「はい! お爺様とお姉様と一緒にお出かけするなんて、滅多にありませんから」
二人の幼い女の子。
同じ顔をしていた。
一人が、いそいそとリュックにお菓子を詰めている。
一人は、扇風機の前でヴァーと波々声を出していた。
「彩花。遊園地なぞ子供騙しよ」
アー、アー。
「彩華お姉様。私達、きちんと子供ですよ?」
両手にポテチを携え、どちらを持っていこうかと悩みながら、彩花が言った。
「……まぁ、そうよな」
「お姉様はどっちがいいと思います?」
「右よ」
「はーい」
彩花は、彩華が指した方をリュックに入れると、きゅっと閉めた。
「……まぁ、妾も少しは調べやったのじゃが」
ぽんと、遊園地攻略本を置く。
ぱらと彩花がめくり、わぁと、純真で愛らしい笑みを浮かべた。
本には幾つも線や丸や折り目が付けられていたのだ。
読み込まれた証であった。
「案内は、妾がしてくれ……こふ」
小さな、咳。
口を押さえる。
小刻みな咳は、なかなか止まらなかった。
「この……ゴフ」
咳は、次第に大きくなっていった。
「お、お姉様!? お爺さま、お爺さま!」
「何、妾は大丈……」
身体が、運ばれていく。
喉と背中が、痛かった。
「む……」
「あ、お姉様。お目覚めになったのですね」
「彩花……暗いな。もう、夜か」
がばと布団から出ると、右手に添えられていた彩花の手を胸の高さまで持ち上げ、両手で包んだ。
「夜じゃと! 今は!? ゆ、遊園地は!?」
「お姉様は、二日、眠っていて……」
「……行ったのか?」
「いいえ。私はずっとお姉様の側に」
「な、馬鹿か!? いつも忙しくしておるお爺様と出かける機会など、滅多にないのじゃぞ! それを……そなた、あれほど楽しみにしていたではないか!?」
「でも、お姉様がいないと……」
「馬鹿……」
「えっと……彩華さん?」
「ちっ」
舌打ち、しかも露骨に嫌そうな舌打ちしたと、火羅は思った。
冷ややかな視線は、火羅を震え上がらせた。
「なんじゃ、モデルは動くな」
「さっきから全然進んでないと思って」
絵。
双子の片割れである彩華は、絵が上手い。
今日は、火羅をモデルに、絵を描こうと。
元々、火羅がヌードモデルをつとめるという約束をしていたのだが、彩華が選んだ衣装で身を包もう、ということに落ち着いた。
今、二人がいる場所は、彩華の作業場。
彩華はキャンパスを前にし、火羅はソファーに横になっていた。
「……眠っておった」
「ね、眠って!? 私には動くなと言ったのに!」
口は動かすが姿勢はそのまま。
火羅は、赤と黒に染められた着物をまとっていた。
衣を選ぶとき、火羅の意見は全く聞き入れられなかった。だが、綺麗な格好をさせてもらい、まんざらでもない。
おしゃれにお金をかけられない懐具合からも、だ。
「昔のことを夢に見た。嫌な夢じゃった」
肩をくるりと回し、首をこきと左右に振り、それから、あくびを一つ吐いた。
「昔、彩花とお爺様と、三人で遊園地に遊びに行く約束をしたことがある。じゃが、結局行けなんだ」
「……どうして?」
「妾は、このように身体が弱いからな。前日に、寝込んでしまったのよ。彩花は、妾につくことを選びおった。本当に楽しみにしていたのに」
「残念ね」
「……彩花は、妾のことが嫌いなのかもしれぬ」
「な、なに言ってるの。そんなことないわよ」
火羅は、慌てた。彩華の落ち込んだ表情を、初めて見たというのもあった。
「いや、きっと本当は嫌っておる。そうやって、どれだけ迷惑を掛けてきたか……跡目争いも起こっておるし、こんな姉は、居ない方がいいのじゃ」
「やめて!」
「ぬしも、嫌々つき合っておるのだろう? 彩花の双子の姉だからと」
「……違うわ」
「遠慮しなくてよいぞ」
「そうじゃない。彩華さんの頼みだから、こうやって絵のモデルにもなってるの。彩花さんの姉だとか、八霊財閥だとか、そういうのは関係ないから」
「おぬし……嬉しいことを言ってくれるではないか」
「え、えへ」
頬に手をやった。彩華の目が、きらりと光った。
「動くな」
「え、あ、はい」
「ちっ」
また、舌打ち。
彩華は、乱暴に鉛筆を筆箱に入れると、
「ダメじゃな」
そう言った。
「……ダメって。二時間も」
「ダメなものは、ダメじゃ。いや……そもそも、その格好が悪い」
「は!? これ彩華さんが選んだのよ」
「やっぱりヌー」
「いーやーでーすー!」
「ええい、嫌よ嫌よも好きのうちよ!」
「ちょ、ちょっと!」
押し倒された。逆らおうとした。
鼻先を近づけ、にやりと彩華は艶美さを浮き出した。
「妾は身体が弱いゆえ、少し乱暴されただけで、寝込んでしまうかもしれぬ」
「ぐ、」
「だーかーらー、逆らうなよ。妾が病室に運ばれると、そなたに莫大な借金が発生するぞ」
「い、いやー」
「むぅ、彩花のような清楚さはあんまりないのだから、もっとこう、色香を出した方が面白いのか?」
「さ、彩華さん?」
「とりあえず、肩を露わにしてみるか」
借金――ただでさえ、身体の弱い赤麗との二人暮らしで困窮しているのである。
これ以上、生活を切りつめることは無理だ。
逆らわないようにしよう――よよよ。
「太腿も出してみるとしよう。すらりとした綺麗な足なのだし」
「ありがとー」
褒められた。礼を言った。
「帯を緩めて胸元をはだけさせてっと……おお、これで、」
「彩華お姉様、火羅さん、そろそろ一、休、み……」
「あ、」
「あ、」
彩花が、お茶とお菓子を運んできた。
目を点にすると、ごしごしと擦った。
「……ちょっと出直してきます」
行ってしまった。
彩華が上になり、火羅が下。鼻先近づけ、息を荒くし、衣を淫らにした火羅と、淫らにさせていた彩華は、彩花には一体なにをしているように見えたのか……
しかも、二人には学祭の前科がある。
「まずいの」
「は、早くどけて!」
「うむ」
彩華は、落ち着いてソファーに座った。
火羅は、必死に衣を整えた。
「彩華お姉様、火羅さん、そろそろ一休みしましょう」
同じ台詞を、機械的に言った。目を伏せ、なんとも言い難い微笑を浮かべながら。
三人で、お茶を飲む。
気まずい。気まずいよーと火羅は思った。
「えっとね、彩花さん。さっきのは」
「……色々ですからね」
「馬鹿じゃな、耳まで赤くして言っても」
彩華が耳打ちした。ええと火羅は耳を押さえる。そういえば、さっきから顔が熱いような。
「私は、気にしませんよ。人が愛し合う形は様々ですから……ええ、ええ、それで、お二人はどこまで?」
お嬢様、湯呑みで口元を隠しながら興味津々。
「ち、違うんだって!」
ぶわと泣きながら、火羅は彩花にあれこれと弁明を始めた。
「つまり、絵のモデルの一環だと」
「そう、そうなの! 彩華さんがああした方が私には似合うって」
「お姉様」
「むぅ」
「あまり火羅さんに迷惑をかけないように」
何気ない一言が、彩華の見た夢の話を、火羅に思い出させた。
「ち、違うの。別に迷惑じゃないわ」
「……なら、いいのですが」
疑わしげな視線を、あはと受け流した。
「私は、迷惑になんて思ってないから」
かりかりと長い髪に指を入れる。
彩花は、なにも言わず、お茶受けと空の湯呑みを持って姿を消した。
「はぁ」
「別に泣きながら説明せんでも」
「あっ!」
「……ほれ、拭え」
ハンカチ。手渡される。
目元を擦った。
「これ、洗って返すね」
「そんな……そうじゃな」
言いかけ、止めた。
「絵は、どうするの?」
「くつくつくつ……さてと、」
きらーん。
「さっきの装いが気に入ったでな。火羅、存分に乱れよ」
「あ、貴方……反省しなさいよ!」
「迷惑ではないんじゃろ?」
「そう言ったけど、反省しなさい!」
「葉子さん、葉子さん」
「はい?」
「いやぁ、愛の形も様々ですね」
ぽっ。
「お、お嬢様?」