小説置き場2

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学園あやかし姫の六!

 どんより曇り空から、白雪が次々と落ちてくる。
 小さく口を開け、白い息を吐きながら、その様を眺める。
 視線を落とすと、同じように空を見上げる少女の鼻柱に、小さな雪が降りかかり、さぁっと溶けるのが見えた。
 少女は、大きな瞳を真ん中に寄せ、つんと口を突き出し、雪滴を見ようとした。
 雪景色よりも輝く白い肌。
 頬の淡い赤。
 胸の前で合わせた手に息を吹きかけながら見ていると、視線に気づき少し恥ずかしげに微笑んだ。
「積もりましたね」
「積もったわね」
 広い雪庭。
 少女と二人。
 点々と足跡。
「赤麗ちゃんは?」
「約束があるって、学園から帰るなり、すぐに遊びに行っちゃったわ」
「……良かったですね」
「うん」
「何じゃ、おらんのか」
 いつもの声。
 つまらなそうな、残念そうな、そんな声。
 火羅は、声の主を見やると、
「今日は何の用?」
 そう、言った。
 縁側まで引っ張り出したコタツから、顔だけ出した艶やかな少女は、ふふんと鼻で笑う。
「雪よ」
「雪ね」
 雪が積もった。それで学園はお昼から休みになった。
「雪といえば、決まっておろう」
 少女の顔が上下逆さまひっくり返る。
 ほっそりとした手がコタツの上のミカンに伸びる。
 綺麗に剥かれたタコ皮に乗ったミカンが、一房、少女の口に運ばれた。
「雪だるま」
 双子が声を合わせる。声を合わせて、うんうんと頷く。
 また、顔がひっくり返る。黒い長い髪が、縁側を這う。
「……作れと」
 火羅が、言った。
「もちろん」
 彩華が笑む。
 彩花が微笑む。
 火羅は二人の顔を見比べ、大きく息を吐いた。

    

 
 ころころと、雪玉を転がし、大きくしていく。
 雪は、柔らかかった。
 庭一面に、足跡が広がる。
 コタツから顔だけ出した彩華が、じっと見ている。
 ミカンの皮が、ぽつんと置かれていた。
「あ」
「あ」
 ぶつかりそうになる。
 転がすことに夢中で、火羅は、彩花に気づかなかった。
 彩花も同じ。
 もくもくと、大きくなる雪だけを見ていたのだ。
「私が頭ですね」
「そうみたいね」
 彩花の方が雪玉が小さい。
 そろそろ良いかなと彩華を見ると、首を横に振った。
「いいじゃない、結構な大きさだし」
 それに何より寒かった。
「まだまだ。もっと大きくせよ」
 指先が震えている。彩花も、指先が震えている。
 かちんときた。
「……いやよ」
 彩花が、よれよれコートの袖を引っ張った。
「自分で作ればいいじゃない。そんなコタツの中に入っていないで」
 呼びつけて、彩花と二人で雪玉を作らせて、自分だけコタツに入ってミカンを食べて。
 あんまりだと思った。
 そっぽを向いてやる。
 白く染まった冬木。
 葉を落として、雪化粧を施されて。
 彩華の言葉を待った。どんな罵詈雑言が来るのかと心構えをする。
 来ない。
 三人だけの世界は、とても静かだった。
「妾も、そうしたい」
 彩華が、言った。
 ゆっくりと、コタツから出た。
 厚重ねで着膨れ。いつもの1.5倍増し。
「一緒に、作りたい」
 彩花がまた袖を引っ張った。
 ふるふると、首を振っている。
「でも、出来ないから……もう少し、見ていたかった」
 こほり、咳。
 また、咳。
「悪かった」
 彩華に寄り添った彩花が、背をさすった。
 弱々しい目。いつも理不尽な彩華が、時折見せる眼差し。
「さ、先に言いなさいよ!」
「……言いたくない」
 コタツに潜り込む。顔だけ出す。彩花が、くすっと微笑んだ。
「そろそろ、飾り付けですね」
 彩花が言った。
 火羅は、肩にうっすら積もった雪を払い落とす彩花を見て、うんと頷いた。
「そうね。雪玉作りはお終い」
 感情の失せた蒼白い顔が、もぞとコタツに潜る。
「お姉様、飾りはどういたしましょう?」
 額が出る。
 火羅は、とん、と、顔なし雪だるまを作ると、
「彩華さんにお任せするわ」
 そう、言ってやった。
「任せよ」



「まあまあかの」
 三人で作った雪だるまを、コタツに入って眺める。
 南天の実の目の雪兎が隣にいた。
「はい」
「うむ」
 白筋まで剥がしたミカンを、彩花が彩華の口に入れる。 
 食が細い彩華にしては、この橙色の果物はよく食べていた。
 自分の指では皮を剥かないけれど。
「ほれ」
「何?」
「口を開けよ」
「は?」
 言われた通りにすると、甘い一房が舌の上に転がった。
「もう、帰るんじゃろ?」
「うん、帰るわ」
 彩華の顔の前にミカンを差し出す。瞳が寄るのを見て、双子なのだと火羅は思った。
 血色の悪い唇の間に、入れてやった。
「筋はない方が良い」
「栄養があるのよ」
 間があって、それから彩華は飲み込んだ。
「帰れ帰れ」
「そうするわ」
 彩花が会釈する。指先の黄色い、赤くなった手が、小さく振られた。
「明日も雪、降るかしら」
「降ると、葉子が言っておった」
 学生服の上によれよれコートを羽織り、ちょっと長いマフラーを首に巻く。
 まだ、雪は降っていた。
 このまま降り続けば明日も学園は休みだろう。
「また明日ね」
「……ふん」
 せっかく作った雪だるま。赤麗にも見せたかった。