小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

学園あやかし姫の七!

 腕の中の華奢な少女。
 満足げに微笑みを浮かべ、しどけなく首に腕を絡ませてくる。
 軽かった。赤麗より軽いかもと、火羅は思った。
 お姫様抱っこされた彩華。
 お姫様抱っこしている火羅。
 銀色縁の丸窓に眼をやると、薄く雪が積もっていて、ニヤニヤ顔の葉子が映っていた。鼻歌でも口にしそうなにやけ顔。恨めしく見やると、今さら笑いを堪え始めて。
 遅い――まぁ、いいけど。
「大きい」
「はぁっ!?」
 黒い着物。袖口、襟元に、白い蜘蛛の巣のようなフリル。和洋折衷いわゆるゴスロリ。大人びた美貌と蒼白の肌によく似合っていた。  
 そんな彩華を抱っこする火羅はというと、胸元が深く開いた洋装ドレス。
 真紅で豪奢な衣装は彩華が選んだもの。ついでに彩華自ら化粧も施してくれた。常日頃、化粧など全くしないから、鏡に映った自分の姿は、とっても新鮮だった。 
「彩花は羨むなぁ」
「……」
 彩華が胸元に頬を押しつけて言う。火羅は否定も肯定もしなかった。
 彩花は確かにほっそりとしていた。
「ふん、」
 自嘲するように鼻で嗤い、つまらなそうに、くるくると中指に絡めた火羅の髪を彩華は引っ張った。かまってほしそうに、二度、三度と。
「全く、お姫様、ちょっとは自分で歩いたら」
「妾は深窓の令嬢ゆえ、王子様に運んでもらわねばな」
 深窓の令嬢はあっている。彩華が館を出ることは滅多にない。同じく深窓の令嬢と称される彩花の方が、ずっと活発だった。
 王子様、というのは、ちょっと引っ掛かった。
「王子様は貴方でしょ?」
 学園祭の白雪姫。
 彩花と入れ替わって締めを持っていったのは誰だったのか。人のファーストを奪っていったのは誰だったのか。忘れたとは、言わせない。
「そうであったかよ」 
「ああ、お嬢様、いけません! いけませんさよ!」
 大丈夫かなと、うろんげな眼差しを火羅は葉子に向けた。
 今日は珍しく、双子に仕える元傭兵のメイド長は和服姿。
 彩花の好みであろう清楚な立ち姿で、だばだばと鼻血を流していた。廊下に赤い池が出来る。何だか至福な表情だった。
「……葉子さんが壊れた」
「妾もそう思うぞ」
 珍しく、彩華が怯えの表情を見せていた。いつも凛々しく嘲って、垣間見せる弱い姿が、火羅は嫌いではなかった。
「……失敬、お嬢様方、あっち向いていて下さいな」
 言われた通りにすると、ぎゅーんやら、ぶーんやら、妙な機械音がした。
 ぴかぴかに仕上げられた床に、火羅は感嘆する。
 彩華は、まだ、眉を八の字にしていた。
「いやはや、狼狽えてしまいましたさよ」
「むぅ……」
 彩華が妙な溜息を吐いた。
 それが可笑しくて、火羅は口元に微笑を浮かべた。
「何を笑っておる」
 細い首を仰け反らせ、上目遣いに尋ねやる。
 火羅は答えず、よいしょと彩華を抱え直した。



「眠い――」
 うつらうつらしていた赤麗を、彩花の寝床に運んだすぐ後だった。
 そう、彩華が言い出したのは。
「お姉様が?」
 彩花が、首を傾けながら言う。彩華は典型的な夜型人間なのだ。
「眠いわ」
 駄々をこねる幼子のように、口を尖らせ腕をぶんぶん振る。
 コタツから蛇のように這いだした彩華は、仰向けになり、火羅に細い両腕を伸ばすと、
「抱っこ」
 そう、言った。
「では、あたいが」
 葉子が口を挟む。赤麗を運んだのも葉子だった。元傭兵の葉子は、しなやかな四肢に、恐ろしいほどの強靱さを持っている。それは、屋敷の大掃除で、遺憾なく発揮させていた。
「火羅がいい」
「……私?」
 火羅は自分を指差した。皆の視線が自然と集まる。
「うむ、妾を運べ」
 彩華が、にたりとした。
「え、何で私!?」
「……別に」
 つーんと口を尖らせる。それで、彩花はああと気が付いた。
 お姉様、寂しかったのだと。
 火羅が、葉子に運ばれる赤麗について行ってしまったから。彩花も、自分の部屋のことだからと一緒に行ってしまって、一人取り残されてしまったから。僅か、10分ほどのことなのに、それでも寂しかったのだと。
「火羅さん、お願いします」
 私はクロさんとそろそろ片付けをと、彩花は言った。
「妾の部屋に、早う運べ」
 散らかった部屋。一年を跨いだ部屋。
 彩花彩華、双子の姉妹。
 双子に仕えるメイド長、葉子。
 火羅と赤麗、双子の友人。
 今年は、五人で年を越した。毎年毎年、三人だった。
「うぅ……」
 観念したように項垂れる火羅。勝ち誇った姉の顔。火羅が彩華を抱っこする。お姫様抱っこ。慎重に、柔らかく、脆い身体を気遣いながら。
 不満げな葉子に、念のため付いていくよう、彩花は仕草で示した。
「彩花……今年も、よろしくな」
「ええ、お姉様」
「い、行ってくるわ」
 火羅はなかなか様になっていた。
 三人が出ていくと、彩花はコタツに入った。
 失礼しますと扉を開けた黒之助が、
「片付けますか?」
 そう、尋ねた。
「後でね」
「ですか」
 燕尾服姿の黒之助は、懐中時計に眼をやった。
「お姉様、おかわりになりましたね」
「確かに」
「人嫌いな方でしたのに、あんなに火羅さんと赤麗ちゃんを大事にして。外に出るのをあんなに嫌っていたのに、火羅さんと赤麗ちゃんのために、何度も出かけているんですよ」
 この一年、病室と屋敷の往復以外に、何度外出したことか。
 全て、火羅絡みだった。
 彩華は、小学生の頃から、彩花や葉子以外に、心を開かなくなった。大財閥の双子姫と、絶えず比べられ、悪意ある言葉にさらされ続けたために。
 姉は強い。強くて脆い。冷たくなったのは、周囲がそうし向けたからだ。本当は、優しい人なのだ。
 病室に行くと、泣いていることがしばしばだった。
 今は、泣いていることさえ、胸の内に隠してしまう。
「火羅さんと会えて、良かった」
 たまたま部屋を抜け出した彩華が、たまたま帰る途中の火羅と出会い、それから交わりが始まった。病気の妹がいると話していたのが良かったのだろう。でなければ、声をかけようとはしないはずだ。
 彩華が火羅をモデルに描いた絵には、暖かみが宿っていた。
 気に入った証だ。美術の成績が3な彩花でも、彩華の絵に込められた想いはわかる。
「あ、クロさん、今年もよろしく」
「はい、お嬢さま」



「なぁ、今年もよろしくな」
「うん、今年もよろしく」
 寝床に入った彩華は、火羅の掌を優しく包みながら、気弱げに囁いた。
 火羅は、答えながら、細すぎる指に絡ませた。
「本当に、な。嫌じゃぞ、いきなり離れていくのは。火羅は言ったよな。妾じゃからと、八霊財閥は関係ないと。信じておるからな、そなたの言葉」
「はいはい、信じていいわよ」
「本当にじゃぞ。いいな」
「わかってるわ。私は、彩華さんの友達でしょ」
「……親友じゃ」
 彩華の目に光るものがあり、火羅はえっと狼狽えた。
「火羅は、親友じゃ。だから、な、だから、……」
「ちょっと、よ、葉子さんが殺気を」
 目を爛々と光らせた葉子が、義手に仕込んだ様々な武器を解放していた。かぁぁぁあ――白い息を吐いた。暖房のよく利いた彩華の部屋だというのに。
 彼女の周囲だけ、温度が下がったようだ。
 火羅は、彩華に縋るような目を向けられ、葉子に喰い殺すような目を向けられ、どうしたものかと頭を抱えたくなった。
「火羅……妾は、妾は、そなたも、いつか、裏切るのではないのか? 去っていくのではないのか?」
「火羅さん?」
 不快な機械音は、すぐ後ろにまで迫っていた。
「ああ、もう、一生傍にいてあげるから! これでいいでしょ!」
「妾の傍に?」
「そう! だから、泣かないでよ! お願い!」
 本当に、生死の境だから。
 過保護な屋敷の使用人の中でも、葉子と黒之助は別格だ。彼女彼は、本当に危ない、見境がない。
「……おらぬ」  
「はい?」
「泣いてなどおらぬ」
 危機が去っていく。
「馬鹿」
 それから、抱っこと、彩華は言った。
「さっきやったでしょ」
「違う、違う。次は抱擁がよい」
「嫌」
「嫌じゃ! 抱っこ! 抱っこー! 抱っこ抱っこ抱っこ!」
「子供みたいなことばかり言わないの! 抱っこって、貴方、何才よ!」
「葉子」
 機械音、再開。
 火羅は、したり顔の彩華に、ちょっと憎しみを覚えた。
「やればいいんでしょ、やれば!」
「なぁに、妾達の間柄なら、抱っこ程度、些細なことではないか」
 また、機械音が止まる。液体が垂れる音に続けて、何かがぶっ倒れる音がした。怖いから、後ろを見なかった。
「これでいいの?」
「うむ、良い」
 恐る恐る、恥じらいながら抱き締めた彩華の身体は、ひどく華奢だった。骨と皮と腐った腑とよく自嘲していた。
「そなたは耳が弱かったな」
「怒るわよ」
「怖い怖い」
 半年、彩華に弄ばれたような気がする。それでも、なぜだかこうしているのは、嫌いになれなかったから。多分、これからも、彼女を嫌いになることはない。そんな気がする。
「新年早々、私何やってるの?」
「新年早々、妾を抱いておるぞ」
 傲慢で賢く虚弱で無邪気で繊細な双子の片割れが、艶美に嗤う。
「そうね」
 火羅は、今年も弄ばれるのかなと、溜息を吐く。願わくば、弄ぶ方になってみたいなと、ちょっぴり思った。   
「一生って、さっきのあれ、プロポーズか?」
「なわけないでしょ」
「ふーん」



「お嬢さま、鼻血が」
「あら、なぜでしょうか」 



 


 今年最後がこれかい(苦笑)