小説置き場2

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愉快な呂布一家~人物評~

 人を魅了するには何が大事だろうか。
 
 そんなことを話しても、大抵の相手は引くだけである。
 
 時は乱世、諸勢力が盛大な花火をあちこちで打ち上げている世の中だ。
 
 あちらに名門の主がいれば、そちらに乱世の奸雄がいて、こちらでは小覇王と仁君が争っている。
 
 これほど面白き世はないだろう。
 
 阿呆達の狂う様を、高見の見物と洒落込むべし。
 
 そう胆に命じていた、はずなのに。
 
 気づけば軍に入っていて、鎧兜に身を包み、槍を持って立っている。未だ新兵、調練もそこそこに、戦場に駆り出されるという。
 
 それがいいのか悪いのか。
 
 先輩方は、調練の方が百倍ましと言っていた。
 
 どういうことかと尋ねると、言葉のままだと返された。
 
 どうも、この軍の調練は、非常に厳しいらしい。
 
 そう、人を惹きつけるという話だった。
 
 この乱世で、人を惹きつけるには、何が必要だろうか。
 
 例えば、名門の力がある。
 
 袁紹本初。
 
 四世三公――四世代にわたって司徒、司空、大尉を輩出した汝南袁氏の当主である。
 
 袁紹の名声は凄まじい。
 
 名声は富を呼び、土地を呼び、武器を呼び、人を呼ぶ。
 
 名門の統率者としての威厳と偶像、その声望を最大限利用して、一大勢力を築き上げた。
 
 弟である袁術を取り込み、目指すはかっての盟友、乱世の奸雄に違いない。
 
 曹操孟徳。
 
 乱世の奸雄とは言いえて妙である。
 
 太平黄道の乱、そして董卓討伐軍。
 
 彼の果たした役目は大きい。
 
 宦官の孫――その悪名を見事に跳ね返し、今では中原の大勢力である。
 
 政治、軍事、二つの才能を併せ持つ――天才である。
 
 政治と軍事、どちらか片方だけなら、曹操を凌ぐ人間はいるだろう。
 
 しかし、両方の才能を兼ね持つ――その点で、彼に凌ぐ者はいるのだろうか。
 
 秀でた武芸の腕はない。袁紹のように、威厳ある姿でもない。
 
 しかし、武将も、文官も、兵士も、彼に従う。
 
 曹操は、その煌めく才能で、人を惹きつける。
 
 劉備玄徳。
 
 仁君と名高い、元侠者である。
 
 漢王室の末裔、中山靖王の子孫と嘯いても、所詮は一介の筵売り。
 
 三師の一人、盧植に学び、北の白馬将軍こと公孫瓚の弟弟子となったとはいえ、ここまでのし上がるとは誰が
予想したであろうか。
 
 彼も、人を惹きつける。傭兵として優れた才能を持ち、何より関羽張飛という武の化け物と義兄弟の契りを結んでいる。
 
 そして、仁君としての名声だ。苛烈な表情を見せる曹操とは違い、彼は慈悲深いとされている。
 
 仁君としての仮面は、疲弊した民を集める。だが……かれは、ただの仁君ではない。代替わりしたばかりの蜀の主、劉璋を攻めるなど、誰が予想しえただろうか。
 
 二面性――それもまた、人を惹きつけるのだろう。
 
 孫策伯符。
 
 江東の若き小覇王である。
 
 その猛々しき武威は、人を惹きつけてやまない。
 
 関羽率いる新生益州水軍に敗れたとはいえ、彼の名声が落ちることはなかった。
 
 もはや、親の七光りは脱した。
 
 孫家を豪壮に盛り立てる彼の後には、美周朗を始め、英傑が付き従う。
 
 これが、当代の英雄の人物評である。
 
 あちこちに潜りこみ、自分なりの評価を組み立てたのだ。そして、今、こうして軍に入っているのは……涼州の錦を、評したかったからだ。
 
 錦馬超
 
 董卓亡き西涼で、最大の声望を持つ彼の評価をせずして、何の人物評か。そう決心して、わざわざ郷里である豫洲から西の地に赴いたのである。
 
 しかし当てが外れてしまった。
 
 董卓の亡霊には、正直興味がない。旗印の孫娘には覇気がなく、傀儡という印象が拭い切れなかった。
 
 むしろ、その配下にある司馬八達の一人、司馬懿仲達が頭抜けているとわかったことが大きな収穫だった。
 
「ぼさっとするな、新入り」
 
「あ、はい」
 
「あ、は余計だ、あ、は、いつも言ってるだろ、新入り」
 
「あ、はい」
 
「……お前は、ぼけーっとしてるわ、小難しいことを言うわ、よくわからん奴だな」
 
「はぁ」
 
 歓声。
 
 今日は、つい入ってしまった軍の壮行会なのである。これから死地に入る前に、士気をあげようというのだろう。
 
「おう、張繍将軍だ」
 
 優しげな青年が通り過ぎていく。
 
 張繍
 
 董卓四天王、張済の甥にあたる。荒っぽいという評判の多い董卓の部下の中で、彼は珍しく品行方正、親しみやすく、話のわかる人物である。一応、自分が所属している部隊も、彼の配下だ。新兵の調練を主に担当しており、懇切丁寧な指導には定評がある。
 
 今回は、戦場に出るらしい。副官は、胡車児という、戟の名手である。
 
 一時は独立勢力を率いて曹操と争っていたが、その器はなかったと思う。人を使うよりも、仕えることで才能を発揮する人物だ。
 
 将軍として、その堅実さはなかなか得難いのではないだろうか。
 
 武勇馬鹿はたくさんいるが、きちんと兵を動かせる人間の数は少ないのだ。 
 
「そのあとは……張遼将軍だ」
 
 第三将軍、張遼――その寂寥感は、見る者の空気を一変させた。
 
 ぶつぶつと何かを呟いている、隈の深い幼い少女。
 
 青竜偃月刀を担ぎ、辺りを睥睨し、また自分の世界に入っている。
 
「昔は、もっと明るかったのに、やっぱり、位を落とされたことが」
 
 古株の隊長は、それ以上、何も言わなかった。
 
 臧覇が、張遼に何か話しかけている。元泰山の山賊という異色の経歴をもつ少年は、騎馬隊中心の軍にしては珍しく歩兵中心の軍を構える指揮官であり、張遼の保護者と目されていた。
 
 独自の部隊を率いているのに、結局、副官の任をやらされている格好である。
 
 張遼は、興味深い存在だが、評価を定めるのはまだ先だろうと考えていた。
 
 自分の殻に閉じこもりすぎている。大成するかどうかは、本人の資質次第だろう。主と似ているが、主と決定的に違うものがあった。
 
「来た、馬超様!」
 
 隊長が雄叫びをあげた。
 
 煌びやかな獅子の鎧。
 
 鷹の羽が鮮やかだった。
 
 この盛り上がりは、今までとは違う。
 
 やはり、西涼の英傑である。人を惹きつける――その武威も、その立ち振る舞いも、その姿も、錦の名にふさわしかった。
 
「あれも、英傑か」
 
馬超様だぞ当然だろうが!」
 
 彼は、新参ながら第二将軍である。
 
 張繍将軍とは格が――人としての在り様が違う。
 
 張遼将軍と比べた場合、武勇や統率力に、差はないだろう。差があるのは、魅力だ。馬超将軍のために命を投げ出す人間と、張遼将軍のために命を投げ出す人間、どちらが多いかは、言うまでもない。
 
 華である。見事に咲き誇る、涼州の華だ。
 
 暗い表情の女と、いぶし銀の男を、傍に従えていた。
 
 確か、成侯英に龐徳である。
 
「なるほど、涼州の華か。董卓なら凌げたかもしれんな」
 
「と、董卓!?」
 
 しまったと思う。その名前は、禁句である。魔王、董卓の名前は、その悪名を伴いながら流布されている。
 
 董卓が来るといえば、赤子も泣き止むという話だ。
 
 大胆で、細心で、弓馬に通じ策を好む、変わった男だった。
 
 その多面性を上手く抑えられず、最後は自滅したという感がある。結局、自らの才能に溺れ、地位に飲み込まれたのだろう。
 
 曹操の小型版――そんな印象だった。
 
「あ、高順将軍」
 
 周囲の注意を逸らす。それに、何と言っても第一将軍が現れたのだ。
 
 全軍を統括する筆頭武将。鼻に真一文字の傷を持つ壮年の男である。
 
 質実剛健にして視野が広く、その統括手腕は見事の一言、くせのある軍人たちを上手く扱っていた。
 
 攻めにも守りにも長けた名将で、陥陣営の名は伊達じゃない。
 
「だが、違う」
 
 違う。
 
 この男も、違う。
 
 将軍たちの中では、馬超が自分の求めるものに近かっただろうか。
 
 兵の盛り上がりも、郷里の英雄である馬超が一番だった。
 
 文官では、筆頭軍師である陳宮がいる。しかし、この男も、違っていた。政治家としては有能で、策謀の才能も抜群だが、人を惹きつける類の――英傑ではない。
 
 最期である。
 
 その姿を見るために、この地を訪れたのだ。
 
 期待はしていなかった。
 
 魔王を殺し、中原を乱した飛将軍――人の下について、初めて実力を発揮する人間ではと考えていた。
 
「随分と静かだ」
 
 誰も、答えなかった。
 
 それどころか、十万を超える兵士たちが、物音一つ立てなかった。
 
 熱気だけはいやというほど高まっていた。
 
 内に秘めたる熱が、互いに呼応し合い、さらに高みを目指している。
 
 たじろいだ。こんな光景は初めてだった。
 
 どれほど調練を組んだ軍でも、物音一つない――そんなことは、ありえないのだ。
 
 せいぜい一万なら、わからなくもない。
 
 ここにいるのは、勇猛さを謳われる、西涼十万の荒武者達なのだ。
 
 ざわりと、鳥肌が立ち、思わず身を竦めた。
 
 恐る恐る、視線をあげる。
 
 赤い馬、少女。
 
 それは狂気だった。
 
 それは死だった。
 
 死そのものだった。
 
「馬中赤兎、人中――」
 
 なんと美しいのだろう。
 
 なんとおぞましいのだろう。
 
 これが、これが、死なのか。
 
 巨大な馬、方天画戟、黒い鎧、一括りにした黒髪。
 
 漆黒の麾下を引き連れている。
 
 少女の姿が、巨大な獣の姿に見えた。
 
呂布
 
 大地が唸り、天が叫ぶ。
 
 十万の狂喜。
 
 おう、この熱気に、身を委ねてしまいたい。
 
 乱世の権化、戦場の死神。
 
呂布、これが、呂布。まるで、戦そのものじゃないか」
 
 圧倒されていた。
 
 それでいて、惹きつけられていた。
 
「ええ、そうです。あの方は、戦場に立つあの方は、まさに戦姫と呼ぶに相応しい。普段は、優しい子なのですよ」
 
貂蝉殿、ですか」
 
「面白い方がいると、賈詡さんに教えていただいたので、こうして参上した次第です」
 
「私はしがない人物評者ですよ」
 
「月旦評を催された許劭先生のお言葉とは思えません」
 
 郷里で、人物評を行っていた。
 
 それが、そこそこに評判をとった。それに何ほどの意味がある。
 
 ただ、魅力とは何ぞやと、あちこちをうろついているだけなのだ。
 
「面白いものを、見させていただきました。軍人として、極みにあると言えます」
 
呂布様に、聞かせてあげたいですわ。きっと喜びます」
 
「申し訳ありませんが貂蝉殿、ここで私は抜けたいのですが」
 
「は? お前、何を言ってるんだ?」
 
「すまんな、隊長。私は、こういうのは苦手なのだ。そんな私でも、戦に出ようかと考えてしまう。恐ろしい人だ」
 
「あの子は戦の申し子。それに、今は、私怨を抱えています。魔王の残党が、抵抗しないことを祈るばかりです。そうでないと、あの子の憎しみが、どうなるかわからない。隊長さん。彼は、いいのです。」
 
「へぇ」
 
 隊長がでれでれしている。
 
 さすがは傾国の美女だった。
 
「では、失礼をば」
 
 呂布が口を開く。
 
 その言葉を聞くと、戦場から逃れられなくなりそうだった。
 
 盛り上がりが最高潮に達する前に身を退くのは残念だが、自分を失っては意味がなかった。
 
 
 
「待たせたね。
 戦を、するよ。
 私の怨みを晴らすためだけの戦を、戦を、さぁ、戦を……殺してやる。
 殺しつくしてやる。
 抵抗する奴は皆殺しだ。
 弑して、屠って、墓前に捧げてやる。
 亡霊が何だ。
 亡霊でも殺してやる。
 何度でも何度でも殺してやる。
 征くぞ。
 敵は、董卓の残骸だ。
 たかが、董卓の残骸だ。
 殺戮しつくしてやろうじゃないか。
 殺戮してやろう。
 一騎当千の兵達よ、最強を誇る私の軍よ、存分にその腕を振るうがいい」
 魏延馬岱が、麾下を動かす。
 高順が、馬超が、張遼が、張繍が、兵を動かす。
 新生呂布軍が、牙を剥き出しにした瞬間であった。