小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~猫(11)~

 勝利を確信した。
 強かった。切り札を使わされた。それでも、自分達の方が強かった。
 同胞の仇討ちはなった。
 妖狼だろうと、人の娘だろうと、全てを穿つ必殺の一撃。
 偉大なる古き神々の力を宿す――宝具。
 ――金王鳥の面。
 ――風神猿の扇。
 ――三頭狼の骨。
 ――無限龍の槌。
 それぞれに宿る、異国の神々の力を叩き付ける。
 人の身は跡形もないだろう。
 妖の身の残骸があるだけだろう。
 そう、思った。
「面白い……力よなぁ」
 嗤う。
 けたけたと、嗤う。
「まこと、面白い力よ」
 くっ、かっ、かっ、と、女は嗤い、吹き飛んだ半身をぐらりとさせる。
 千切れかけた首、焦点の定まらぬ瞳。
 中心となっていた人の娘に似ている。
 しかし、違う。
 目の下に、深い隈を刻んだ女は、妖艶な嘲笑を浮かべていた。
「火羅、彩花、無事か?」
 右半身を喪っているというのに、気に留める様子もなく、呆気に取られている妖達を睥睨しながら、女は声をかける。
 彩花の双子の姉である彩華が、顕現していた。
「無事では……なさそうじゃな?」
「彩華さん!?」
「せめて、避ける努力ぐらいはしてほしいものよなぁ。妾がまともに食らうしかなかったではないか」
「お前……大丈夫、か?」
 太郎が、言った。抱いた姫様の傷を確認する。
 項垂れているが、気を失っているだけだ。
 火羅も、呆けている。葉子も、呆けている。 
「この姿が無事に見えるかよ? もし無事に見えるなら、そんな役立たずな目、妾がくりぬいてやるぞ」
 半身の再生が始まっている。崩れそうになっても、どういうわけか姿勢は保たれていた。
 ぐつりと、無事な半身から湧き出た様々な者達が、我先にと融け合い身体を織り成していく。異形である。百鬼夜行と呼んでもいい。喰らいに喰らった、飢餓に苛まれし「あやかし姫」の面目躍如であった。
「皆さん! いけない!?」
 感づいた摩虎羅が叫んだが、遅かった。
「三十六計、逃げるに如かず」
 彩華が、自身の唇に指をつける。その姿がうっすらと消えていく。
 彩華だけではない。古寺の面々の姿も薄れていく。
 迦楼羅のかぎ爪が空を切った。ちっと舌打ちした時、生暖かい息がうなじに触れた。
「お前じゃな、火羅をこのような姿にしたのは……覚えたぞ」
 迦楼羅は大きく飛びずさった。
 心底から恐怖を感じた。
 後に残ったのは、戦いの痕だけである。
「逃げられてしまいましたね」
「奴らにも奥の手があったということか」 
 それぞれが変化を解いてゆく。
 宝具の力は莫大である。それ故、長い時間御せるわけではなかった。
「だが、次はない」
「終わったのか」
「招杜羅さん、何だかお疲れの様子ですね」
 牛鬼の男である。満足げな表情だが、その身は汚れていた。
 その肩の上に、気を失った幼子が担がれていた。
「久々に、面白い戦いであった。うむ? その面持ち、まさか、これだけの頭数を揃えて、逃げられたということはあるまいな」
「待て、招杜羅殿。相手は、あの火羅を始め名のある面々。私達も、必死だったのだ。その証拠に、摩虎羅以外の四人が、宝具の力を使っている」
「尚更、だろう。わざわざ俺が、一番手強い西の鬼姫を担ってやったというのに、独りも殺せませんでしたと無能どもは言い張るのだな」
「いや、いやいや待ってくんなよ、招杜羅さん。太郎だって、相当強かったんだよ。葉子だって、あたしらにとっちゃ化け物だよ」
「……言い逃れは、いらぬ」
 幼子が地面にずり落ちるが、牛鬼は目もくれない。
 十二神将が第二席、招杜羅。
 その正体は――牛鬼。
 牛鬼が怒れば、竦むしかない。
 其は力の象徴、恐怖の証。
 朱桜を、退けた。
「やめぬか、馬鹿者」
 凛とした声が響く。
 牛鬼が、怒気を押し殺す。そして、ゆっくりと振り返る。
 羊頭の陰陽師が、傅いていた。
「皆の者、上々の成果であったと我は思う。まずは礼を言おう」
 十二神将が跪く。
 牛鬼ですらも、頭を垂れる。
 首の亡い、馬が一頭。
 その背に跨る、齢十余の少女に、平伏した。
「報仇雪恨……波夷羅の怨みを晴らすための謀、まずは幸先のよい始まりであった。良い贄も、手に入った様子。まずは大義
 法衣姿の幼子が、招杜羅に礼を述べる。
 牛鬼は満足げに顔を上げた。
「……そう、大義であるが……大儀だが」
 幼子が、しゃくりあげる。おろおろと、目に見えて狼狽えた招杜羅が、馬の首に縋りつく少女に駆け寄った。
「親方、どうしちまったんだ?」
「感極まったか?」
「そりゃあ、まだ、早いでしょうよ。お前が無能なせいで、全員に逃げられちまったんだし」
「安底羅に言われては、笑うしかない」
「伐折羅、よくもそんな減らず口を」
「我が庇わなければ、お前は何度死んでいたと思う?」
「あんたがいなけりゃ、あたしが庇ってやることもなかったんだよ」
「黙っていルヨ」
 頞儞羅が、言った。
 付き合いの長い、羊頭の妖怪。
 滅多に見ぬその沈痛な表情に、二人は押し黙った。
「どうしたのだ? 何故泣くのだ?」
「すまぬ、すまぬ、皆の者。誰も失うまいと決めたのに、また、失ってしまった。宮毘羅が……討たれてしまった。これは、我のせいだ。我の落ち度だ」
「宮毘羅? あの猪笹王の阿呆が? 一体誰に?」
 宮毘羅――正体は、背に笹を生やした大猪である。
 まだ、姿を現していなかった。それが、討たれていたとは、誰も思わなかった。
 十二神将の古株であり、山をも動かすと称される剛力を誇っている。
 並大抵の者に、負けるような男ではない。しかも、宝具を持っているのだ。
「わからぬ――だが、尋常でない剣の遣い手と、宮毘羅の笹の葉が告げてくれた。皆の者、まずは波夷羅の仇を討つ。それは、変わらぬ。あの場所に巣食う者どもを皆殺しにする。そして……宮毘羅の仇を討つ」
「うむ。わかったな、皆の衆」
 おうと、応える。
 頭目、毘羯羅。
 副頭目、招杜羅。
 十二神将の名を冠する彼女達は、縁あって志をともにする同士であった。



「神使に傭兵、商人に陰陽師崩れ……無法者の集まり、つまりはしがない盗賊よな。神の名こそ前から騙っているが、名の通った者達ではなかったらしい」
 そう、彩華が吐き捨てるように言った。
「盗賊……にしては、随分と強かったわ」
「ふん、それは、仕方なかろうよ」
 姫様が、彩華を介抱する。姫様の頭も、白い布で覆われていた。火羅も、心配げに傍にいる。十二神将より逃げてから、片時も傍を離れようとはしなかった。
「綱姫曰く、宝具を手にしたことで、手がつけられなくなったそうじゃ」
「宝具って、何だ? 妙なものを身に着けると急に強くなったが、それのことなのか?」
 太郎が、言った。
 苦々しく、彩華が頷く。
「宝具を使えば、神々や英傑の力を、一時的に使うことが出来るそうじゃ。一敗地に塗れた渡辺家が返り咲きを謀り、乾坤一擲の勝負に出るために、大陸より手に入れようとしたそうじゃが……京で、妖怪の盗賊団に奪われおった。とんだお笑い草じゃのぉ」
 姫様が、腕を止めた。
「あれは……チィの力なのさか?」
 玉藻御前の弟にして、この国に戦を仕掛けた妖怪。
 恐ろしいのは、その手駒のほとんどを、チィ自身が産み出したということであった。
 覇王項羽、美侯王、九尾を打ち崩した妖怪達ですら、チィが産み出していた。
「ご明察、さすがは大妖玉藻御前の孫よな」
 彩華が口から血を吐いた。
 心配げに拭う火羅に、肩を預けながら彩華が言う。
「正確に言えば、チィに創造の力を与えたのは、女渦という大陸の神であるそうじゃがなぁ。チィは、女渦の力を借りて宝具を創り、あの盗賊達は、その宝具の力を借りて主らを負かしたわけじゃ。何にせよ、面倒じゃのぉ。まがい物とはいえ……骨が折れる相手じゃ」
 朱桜までもがやられてしまったしの。
「……朱桜ちゃんが?」
「彩花よ、手が止まっておるぞ。妾の傷はまだ塞がっておらぬ」
「姉様、朱桜ちゃんは今!?」
「慌てるな」
 傷が、開くぞ。そう、彩華は、優しく言った。
「朱桜は生きておる。まあ、そう簡単に殺すまいよ。何せ、酒呑童子への好い贄じゃからな」
 彩華は、両の拳を握り、動くのを確かめた。
 吹き飛んだ半身の再生は終わっていた。
「元凶たる八霊はこの地におらぬというに、難儀なことよな」
「姉様、お願いが、あります」
 彩花が、言った。
「勝手なお願いだとは、わかっていますが」
「殺す」
 遮るように、彩華が言った。
「妾のものを傷つけた。だから、弑す。それ以外に何がある」
 嬉々として、狂乱に目を躍らせる。
「ええ、そうですね……あの、皆さんは、その」
「俺は、姫様についてくだけだ」
「あたいも、姫様についてくさよ」
「私は……その、彩華さんが行くって言ってるし、彩花さんもやるなら、うん、行くしかないじゃないの」
 太郎と葉子と火羅が同意する。
「じゃあ、あたし達は逃げるということで」
「駄目だよ、美鏡さん。朱桜ちゃんは、よくしてくれたから……だから、何か出来ることをしないと」
 主様ーと、美鏡は情けない声をあげた。
「それなら、月心さんと沙羅ちゃんに伝えてください。村の人に、山から離れるようにと」
 近づいたら、妖気にあてられると思います。
「まずは、あの鶏の神使じゃな。皮を剥いで、絶望に戦慄かせてやろうぞ」
「勝てるでしょうか」
「彩花はあまり前に出るなよ」
 彩華が、こつりと頭を、彩花の胸に当てた。
「其方の身体は、人の身よ。あの時、大国主の力を鎮めてみせた、それ故にこそ、もはや残滓といっても良いのじゃ。妾もおらぬ。生き急ぐな」
「でも」
「十余年、其方の身の中にいた故、言っても聞かぬとはわかっておる。何せ、其方の大事な者達を傷つけ、さらには妾達の義理の妹を囚われたとあってはなぁ。しかし、其方もまた、妾の妹、憎いが好ましくも思うておる。こんなところで、喪いたくはない」
「ちょっと待ってよ、朱桜が、彩華さんの妹ってどういうことよ?」
「彩花の妹であるならば、妾の妹でもあるのが道理。何せ妾は、双子の姉である故な。どうした火羅、何を妬いておる?」
「妬いてなんか……ないわよ」
 言われてみればそうだが、釈然としない。
 朱桜は、彩華にあまり懐いていなかったはずだ。
 ただ、暴れたいだけだろう。
「彩花姉様、彼らは、京で宝具を奪ったといいましたね。それは、通りにある、大店ですか? その店の方達は、彼らの手によって、殺されてしまいましたか?」
「……よく、知っておるな。検非違使に、様々な品を卸していた店じゃそうじゃ」
 たまたま根城にしていた。そこで、綱姫に情報を与えられてしまった。
 恐らく、頼光と晴明が仕組んだのだろう。
 あのまま京で過ごしていれば、彩華は鵺と争うことになったかもれない。
「……彼らの中に、猫の妖怪はいるのでしょうか?」
 宇嘉が、目を閉じた。
「猫? 奴らは十二支に自分達をなぞらえておる故、猫はおらぬぞ」
「では、寅はどうでしょうか?」
「妖虎の荒法師が、その役を担っておる筈じゃが」
 猫に、いやにこだわるのと、彩華は首を傾げた。
「夢で、見ているのです……大店と、猫を」
 姫様だけではない。京に関わりのある妖怪達が、夢を見ている。
 ことここに至って、関わりない筈がない。
「……其方の夢は、よく当たる、か」
 猫はわからぬと、彩華は言った。