小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

第一話の1

「十さん、人が来ましたよ」
 女が部屋の端に寝転がっている男に話しかける。男は女に背を向け、壁を向くように転がった。
「十兵衛様起きて下さいまし。もうお昼でございますよ」
「そうですよ十兵衛様。お天道様があんなに高く昇ってますよ」
 女の両隣に座っていた男達も相次いで話しかけた。
「左吉、右助。私は十兵衛じゃないよ」
 そういって寝ころんだまま答える。どうしたものかと三人が顔を見合わせた。
「もう、十蔵さん。早く起きて下さいよ」
 女がゆっさゆっさと揺らしても、うんうん男は声をだすだけ。やはり男には起きる気配なぞない。
「もう、知りませんからね」
 そう言うと女がふくれっ面のまま裏戸から出ていこうとする。その気配を察したのか男が背中越しに話しかけた。
「おせい、どこにいくんだい?」
「わたしがいると困る客ですから」
「それは・・・・・・つまりあの人?」
「そうですよ」
「それを早く言わないか!」
 男はばっと起きあがると、急いで身だしなみを整え始める。
 女の両隣に居た男が呆れ顔でそれを見ていた。
「よう、十蔵はいるかい?」
 表口から声がする。
「あ、はい、ただいま」
 まだ身支度は終わっていない。
「おせいさんはいない?」
「ええ、さっき出ていきました」
 もう少し、もう少し。
「そうか、なら入ってもいいね」
 終わった。
「どうぞどうぞお入り下さい」

「それで家光様、何かご命令でも?」
「家光じゃない、竹千代だよ」
「すみません、家光・・・じゃなくって竹千代様」
「よろしい」
 三人と一人が向かい合う。
 女の両隣にいた二人を従えた男は長い髪を後ろで無造作に束ね、無精髭を生やしている。ぼろの着物を身にまとい、いわゆる貧乏浪人といった感じ。右目に黒い眼帯をしていた。
 男の名は柳生十兵衛三厳。江戸柳生総帥柳生但馬守宗矩が長子にしてそれなりに名の知れた兵法家である。といっても今は十蔵と名を変えての長屋住まい。彼の目の前の人物、若き将軍徳川家光の直々の部下、簡単にいうとパシリをやっていた。
「それで、なんのご用で」
「いやね、ちょっと大黒屋の甘納豆が食べたくてね」
「はあ」
 何だか嫌な予感がした。
「買ってきてくんない」
「ええー!!」
 十兵衛の両隣、左側の左吉、右側の右助も十兵衛と同時に声をあげる。
 三人とも顔に不服と書いてあった。
「家光様・・・・・・それはないかと」
「もう少しましな命令を十兵衛、いや十蔵さまに・・・・・」
「一応将軍様直々の命令なんだがね」
 にやりとする。それは悪魔の笑みと幕臣に噂される顔。顔は笑っているのに目が笑っていない。底冷えのする笑み。
「いや・・・・・・」
「しかし・・・・・・」
「・・・・・・謹んで、承ります」
 十兵衛が頭を下げる。家光がまた笑った。今度は、目も笑っていた。
「じゃあ、いつもの場所にいるんで。よろしく」
「二人分でよろしいか?」
 天井の方でごそっと音がした。
「ああ、二人分よろしく」
 また天井の方で音がする。左吉、右助がその音に笑みをこぼした。
 相変わらず分かりやすい方だとどちらともなく呟く。
 十兵衛と家光は別段気にしていない様子だった。
 
「それじゃあ甘納豆頼んだよ。おせいさんにもよろしく」
「はーい」
 家光は二人分のお菓子代にしては幾分多めにお金を残していった。
 すぐに左吉がそのお金を大事そうに袋に包む。
 家光が出ていくのと同時におせいが部屋に戻ってきた。
「早かったね。将軍様のご要件はいったい?」
 要件を聞くと、おせいも不機嫌そうな顔になった。
「またそんなのですか。もう少しましな要件はないんですかね!?」
「そういうな。一応大事な任務だ」
「どうせ買いに行くのはあたしらでしょうに」
「そらお前らのほうが早いからな」
「全く少しはその剣の腕を活かした任務を」
「活かすっていったって私の腕なんてたかがしれてるじゃないか」
「いや、まあそうなんですけども・・・・・・」
「さ、早く仕事を終わらせようじゃないか」
 そう十兵衛が言うと、右助がポンと音を立てて煙の中に消えた。煙が消えると、犬が一匹。犬はお金を口にくわえると、一目散に出ていった。右助の姿は見えない。それを当然という風に三人は見送った。
 別段この部屋では不思議なことではない。
 なにせ元々この部屋には人は十兵衛一人しか住んでいないのだから。