小説置き場2

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あやかし姫~鬼姫、暴走(2)~

「俊宗ー」
 とんとんと鈴鹿御前が部屋の戸を叩く。
 部屋の中には布団を頭までかぶり、うつぶせになって寝ている若い鬼。
 鈴鹿御前の夫、藤原俊宗である。
 もぞもぞと、鈴鹿御前の声に反応するかのように布団が動き出した。
 うーん、鈴鹿がよんでる。
 今、何刻ぐらいだろう……
 昨日兄上としこたま飲んで……美味しかったなあ、あの神酒。
 何だろう……身体が……特に背中が重いなあ……二日酔いのせいか。
 確か、盃一杯分残っていたはず……それを飲んでから起きよう……
 布団からにゅーっと腕が伸びる。
 真っ赤な盃を探り当てると、またにゅーっと引っ込んだ。
 あれ……ないのか……昨日全部飲み干したのか……
「もう! 俊宗! 早く起き……て……え……?」
 う~、背中が重い。確か鍵かけてたから……鈴鹿、部屋の戸無理に開けたな。
 とりあえず、挨拶するか。
「おはよう……どうした、鈴鹿?」
 布団から顔を出し、愛妻の顔を見てみると、その美しい顔は真っ青で。
 俊宗には理由が分からなかった。
「どうした鈴鹿! 顔真っ青だぞ!」
「だ……」
 震える唇を必死に動かす鈴鹿御前。
「だ?」
「だ……れ?」
「はあ? 俺だよ、俊宗だよ」
「俊宗はわかるよ、私が間違えるはずないよ。誰、その……お、ん、な」
 少しずつ鈴鹿の顔が色を取り戻す。
 朱色を。
「おんな?」
 鈴鹿ではない気配。
 もそもそと俊宗は布団から這い出る。
 女が、いた。
 掛け布団の上で眠っていた。
 それで、背中がやけに重かったのかと俊宗は合点がいった。
 知らない女、いや少女。
「これは、一体?」
 何故、自分が気づかなかったのだ?
 疑問が渦巻くも、とりあえずはと、おいっと俊宗が少女を揺する。
 鈴鹿は、黙ってそれを見ていた。
「にゃ?」
 少女が目を開ける。
 黄色の着物、細い尻尾、獣の耳、首に輪っか。
「にゃん!」
 少女が俊宗に顔を近づけると、ぺろっと俊宗の顔を舐めた。
 はあ! っと面食らう俊宗。
 俊宗が鈴鹿御前を見る。
 さーっと今度は俊宗の顔から血の気が引いていく。
「ちょっと……なにやってんの?」
 鬼姫が、二人に近づく。
 少女が、鈴鹿御前をみて俊宗の後ろに隠れた。
 怯えた目つきで、鈴鹿御前に助けを求めるようににゃんと鳴いた。
「なにが、にゃん、よ。あんたあたしを馬鹿にしてるの?」
 段々と、声が大きくなる。
「にゃ?にゃあ?」
 少女は自分の姿を見て、尻尾と耳をぴーんと立てた。
 ぶんぶん手を振り、にゃーにゃー叫ぶ。
「にゃあにゃあうるさいよ! 人の男に手を出して……俊宗は、あたしのもんだあ!!! 覚悟しろ、この泥棒猫!!! その身体八つ裂きにして喰ってやる!!!」
「にゃ、にゃあ!」
 ばっと少女が走り出す。
 鈴鹿が壊した俊宗の部屋の入り口を出ていく。
 鈴鹿御前はふっと笑うと、
「逃げな逃げな。どこに逃げても、一緒だよ」
 ふらりと、少女を追いかけ始める。
 髪が、生きているかのように揺らめいていた。
 角が、ぐっと現れていた。
 爪が、鋭く伸び始めていた。
 俊宗は、鬼姫の怒気をもろに叩きつけられて、自分の部屋の壁にめり込んでいた。

「にゃあ!!!」
「ふふ……」
 必死に逃げる少女。
 鈴鹿御前は少し宙に浮き、滑るように移動していた。
 冷たい笑みを浮かべていた。
 鬼達が走っていく少女を見て、
「あれ、誰だろ?」
 と言い、宙を漂う鬼姫の姿を見て、
「……きゅー」
 ぱたぱた泡をふいて倒れていく。
 二人がいくところ、まさに地獄。
 鬼姫の発する妖気は、茨木童子に匹敵していて。
 そして、少女にだけ影響を与えないように操っていた。
 だだ漏れだった茨木童子とは少し違う。
「ふふ……どうしてくれよう……」
 鈴鹿御前の頭の中には、少女への憎悪しかなかった。
 いや、俊宗のことも考えていた。
 悪い女に騙されたのだと。可哀想な俊宗、と。
 不思議なものである。

「彩花さま、さっきから悲鳴が聞こえてきますが……」
「大獄丸さまが寝ぼけてらっしゃるんでしょう。あ、これも美味しい」
「でも、さっきから寒気が……」
「大変! あ、鈴鹿御前さまの着物を一枚拝借。これを上から羽織って。そうすれば、暖かいよう?」
「はあ……ありがとうございます」
「風邪ひくと、大変だからね」
「はい」