小説置き場2

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あやかし姫番外編~やつあしとびわ(3)~

「今、戻った」
 男が、がたがたの戸をあけ、家の入り口に。
 女は、床に身を横たえていた。
 ゆっくりと身を起こし、大事そうに琵琶を抱えると、
「早かったのですね」
 そう、言った。
「鍋はあるか」
 多分と言うと、また、女は台所の棚を指さした。
 男は台所と思しき場所で、首を傾げ、女の所へ戻ってきた。
 腕を組み、しばらく考える。
 腰につけていた小さな鍋を持つと、
「これでいいか」
 そう言った。
 また外に行き、さっき集めてきた枯れ枝の束を持ってきた。
 枝を、囲炉裏に並べる。
 男が、自分の手を見やると、爪がにゅうっと鋭く延びた。
 その爪で枝を擦ると、火が、起きた。
 ぱちちと、枝がなる。
 燃え盛るのを、じっと待つ。
 鍋を火にかけ、水を入れ、野草を手でちぎってばらばらっと入れた。
 女はその間、ずっと琵琶を抱いていた。
 目を、閉じたまま。
「目が見えないのか」
 男が、沸々と煮立つ鍋を見ながら、女に尋ねた。
 頃合いを見計らって、腰につけてあった袋の塩を入れる。
 同じく腰につけてあった箸で、それらをかき混ぜた。
「はい……」 
 返事は、幾ばくか後に、であった。
「もうすぐ、できそうだ」
 


 女は、息を吹きかけながら、ゆっくりと椀に口をつけた。
 美味しい。
 そう、声を漏らすと、また、口をつけた。
 男は、その間に、じろじろと部屋を見やった。
 ものがない。
 琵琶ぐらいか。
 椀も、男の持ち物であった。
 色々と聞きたいことはあったが、男は、一言も発さなかった。
 おかわりしたいのですがと、女が言う。
 黙って、空になった椀に注ぐ。
 女が、口をつける。
 湯気と煙が、家の中を覆っていた。
 女が食べ終わった。
 鍋の中身は、もう、なくなっていた。
 それから、女は、床に額をつけ、
「ありがとうございました」
 そう、言った。
「美味しゅうございました」
「……あ、ああ」
 本当は、自分も食べるつもりだったのに。
 全部、食べられてしまった。
 ……文句を言う気は、起こらなかったが。
「これで、思い残すことはなにもございません」
「なに?」
「妖さま、私を、食べてくださいまし」
 女は、丁寧に、ことを言った。
 男は、一度首を傾げ、木の枝を折り、囲炉裏の火に加えた。