小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(4)~

「……ばれていたのか」
 顔色を変えずに言う。
 やはりと、女が頷く。
「こんな闇の中、明かりを持たずに歩けるのは、人ではないかと」
「どうして、明かりを持っていないとわかった?」
 確かに、明かりは、面倒なので持っていなかった。
「煙の臭いがしませんでした」
「ほぉ」
「それに、人でない匂いがしましたので」
 そんなことを人に言われたのは、初めてだった。
「そうか。俺は変化はあまり巧いほうではないが、旅をはじめて、まだ人にばれたことはなかった」
 わざと人目を避けていた……ということは口にしなかった。
 人の多いところを目指したのは、都ぐらい。
 それも、結界に阻まれ入ることが出来なかった。
 少し、胸の内で燻っている。
「そうですか」
 では、と、椀を横に置き、ずいっと男に近づく。
「私をひと思いにお食べください。逃げはいたしません」
 男は、困ったような笑みを浮かべると、
「人は食わぬよ」
 そう、言った。
「え」
「妖も、今はそういう者が」
 多い……とは言い切れないのが、辛いところで。
 最近、狂うていたとはいえ、自分も人を喰おうとしたばかりだ。
「少なくとも、俺は食わぬ」
「そんな……じゃあ、どうして」
 女は、わからないというように首を傾げた。
「琵琶の音の礼だと、言わなかったか?」
「言いました。しかし」
「それに、お前を食べるなら、わざわざ食事を用意したりは」
「そちらの方が美味しいのかと……味付けか、なにかなのかと」
 絶句した。
 大きな目を、一度二度と瞬かせる。
「……とにかく、俺は食わぬよ」
「そうですか……」
 女は、琵琶をぎゅっと抱きかかえた。
「その琵琶、大事にしているんだな」
 食べてくださいと言ったときも、今も、琵琶を抱えていた。
「もう、これだけしかありませんから」
「……」
 そのようだとは、さすがに言えなかった。
「食べられるなら……一緒にと……」
 この女を琵琶ごと喰らう、か。
 悪くないかもしれないと、ふと、思った。
「一人で暮らしているのか?」
「一人……そうですね。今は、一人です」
「今は、というと?」
 男の言葉に、女は、あっ、と息を呑んだ。
「……つまらない話ですよ。気分を悪くされるかもしれない。わざわざ、旅の妖さまに聞かせるようなものでは」
「聞きたい」
「物好きな妖さまですね」
 女が、笑った。
「そういう妖も、いる」
 男の影が、男自信も知らず知らずのうちに、人の形をとらなくなっていた。
 女が、真剣な面持ちになる。
「前は、ここに住んではいなかったのですよ。もう少し大きな街で、暮らしておりました」
 女の言葉を耳にしながら、どうして、聞きたいと言ったのだろうと、男は思った。