あやかし姫番外編~やつあしとびわ(5)~
「舞台でこの琵琶を弾いて聞かせて。それで、暮らしを立てておりました」
それなりに売れていたと、女は自嘲するように笑った。
「蓄えもありました。大きく使うことなど、ありませんから」
女の言葉を待つ。
こき、こきっと、指を鳴らす。
「住み慣れた長屋の一角。何度も往復した舞台。私は、生まれつき目が見えません。それでも、不自由はあまりしませんでした。覚えましたから」
男は、自分の手の平に目をやった。
女は、愛おしそうに琵琶を撫でた。
「それに……この琵琶が、私にはありました。私が生まれたときから、ずっと傍にありました」
「どうして、ここにいる?」
男が、尋ねた。
「……いい人に、出会ったのですよ」
女が、気恥ずかしそうに、言った。
「私は、そう思っておりました。何度か逢って、この人ならと。その人は、私に、ここを離れて、もう少し大きな家で暮らそうと言いました。長屋は、二人で住むには、狭くありましたから」
よくないと、男は思った。
「私は、その人に言われるままにしました。言われたとおりにお金を渡し、筆を動かし、そして、街を離れた。夢中だったのですよ。逆らえば、私の手から離れていくと思って。あの人と連れだって街を出て、ここに移り住んだ。……次の日、その人は、私の元から姿を消しました」
女の肩が、震えた。
「騙されたのですね。後に残ったのは、その人が私に借りさせたお金と、この家と、この琵琶……この家には、ものがないでしょう? 借金のかたに持っていかれたんです」
よくある話だと、男は思った。
「もう、食べ物も尽きて、あとは飢え死にするだけだと思っていたのですが……」
「俺が、か」
男は、息を吐くと、立ち上がった。
女が、身を固くした。
「その琵琶を、よく見せてもらえないか」
「いやです」
琵琶を後ろに回すと、きっぱりと口にした。
「……そうか」
「……あ……ごめんなさい」
「どうせ喰べるなら、一度よく見てからと思ったのだが」
「……妖さま、私を食べるのですか?」
「うん」
「そうですか」
どうぞと、微笑むと、女は後ろを向いた。
背中が薄いと男は思った。
「冗談だ」
「……」
男の足音がした。
わざと、たてているようだと、女は思った。
火も、消されたようだ。
足音が、消える。
しばらく、じっとして、耳を澄ましていた。
耳には自信がある。この耳で、音を聞き分け覚え、琵琶の腕を鍛えたのだ。
自分以外の息遣いは、感じられなかった。
「あの……」
返事は、なかった。
「名前……」
まだ、きいていなかった。
もう行ってしまったのだろうと思いながらも、問いを、口にした。
「黒之丞」
そう、答えが返ってきた。
それなりに売れていたと、女は自嘲するように笑った。
「蓄えもありました。大きく使うことなど、ありませんから」
女の言葉を待つ。
こき、こきっと、指を鳴らす。
「住み慣れた長屋の一角。何度も往復した舞台。私は、生まれつき目が見えません。それでも、不自由はあまりしませんでした。覚えましたから」
男は、自分の手の平に目をやった。
女は、愛おしそうに琵琶を撫でた。
「それに……この琵琶が、私にはありました。私が生まれたときから、ずっと傍にありました」
「どうして、ここにいる?」
男が、尋ねた。
「……いい人に、出会ったのですよ」
女が、気恥ずかしそうに、言った。
「私は、そう思っておりました。何度か逢って、この人ならと。その人は、私に、ここを離れて、もう少し大きな家で暮らそうと言いました。長屋は、二人で住むには、狭くありましたから」
よくないと、男は思った。
「私は、その人に言われるままにしました。言われたとおりにお金を渡し、筆を動かし、そして、街を離れた。夢中だったのですよ。逆らえば、私の手から離れていくと思って。あの人と連れだって街を出て、ここに移り住んだ。……次の日、その人は、私の元から姿を消しました」
女の肩が、震えた。
「騙されたのですね。後に残ったのは、その人が私に借りさせたお金と、この家と、この琵琶……この家には、ものがないでしょう? 借金のかたに持っていかれたんです」
よくある話だと、男は思った。
「もう、食べ物も尽きて、あとは飢え死にするだけだと思っていたのですが……」
「俺が、か」
男は、息を吐くと、立ち上がった。
女が、身を固くした。
「その琵琶を、よく見せてもらえないか」
「いやです」
琵琶を後ろに回すと、きっぱりと口にした。
「……そうか」
「……あ……ごめんなさい」
「どうせ喰べるなら、一度よく見てからと思ったのだが」
「……妖さま、私を食べるのですか?」
「うん」
「そうですか」
どうぞと、微笑むと、女は後ろを向いた。
背中が薄いと男は思った。
「冗談だ」
「……」
男の足音がした。
わざと、たてているようだと、女は思った。
火も、消されたようだ。
足音が、消える。
しばらく、じっとして、耳を澄ましていた。
耳には自信がある。この耳で、音を聞き分け覚え、琵琶の腕を鍛えたのだ。
自分以外の息遣いは、感じられなかった。
「あの……」
返事は、なかった。
「名前……」
まだ、きいていなかった。
もう行ってしまったのだろうと思いながらも、問いを、口にした。
「黒之丞」
そう、答えが返ってきた。