小説置き場2

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あやかし姫番外編~やつあしとびわ(16)~

「将太さんを……殺したの……」
「うん、ああ。分け前で、吉蔵と揉めた。だから、殺した」
 淡々と、述べる。
 白蝉は、ふうんと頷いた。
 それがあの人の末路か。
 優しい人だったのに。
 あの日まで、優しかったのに。
 分け前で、揉めた。そんなに、お金が欲しかったのか。
「蝮の旦那! どうして儂まで!」
 吉蔵が、叫んだ。
 命恋しと、大きな声をあげた。
「……血がいるんだ。傷付いた死人の躰を癒すには。この死人を維持するには。なのに、殺す相手いないだろう、お前。みんな殺したもんな。だから、もう、用済みだ」
「そんな……恩を」
「自分は、刀だ。恩など」
 ゆっくりと、男は白蝉に近づいた。
「抵抗は?」
 男が尋ねた。つまらなそうに、尋ねた。
「……元々、私は餌ですから」
「ああ、殊勝だな」
 そう言うと、男は刀を振り上げた。
 食べられるなら、あの妖がよかったのに。
 漠然と、そんなことを考えた。
 



「俺の、餌だ」
 そんなと、男が後ろを向いた。
 刀。
 男の手首を付けたまま地に突き刺さっていた。
「あれ……」
「白蝉は、俺の餌だ。誰にも、やらぬ」
 聞き間違いかと、思った。
 でも、自分の耳は、絶対。
 間違えるはずが、なかった。
 夢を聞いているのかもしれないと、あちこち身体を触った。
 傷は――なかった。
 黒之丞。起きあがり、首をこきこきと動かしていた。
 その人の手から、何かが伸びていた。
 細い、白い糸が、指から伸びていた。
 糸操り。
 斬り落とされた自らの脚を、五本の指から伸びたる糸で操ったのだ。
 脚は、男の手を見事に切断した。
「か、刀!」
 男が自分に駆け寄るよりも早く、巨大な――三本脚の蜘蛛が、その身体を呑み込んだ。
 一呑み、であった。
 嫌な音は、白蝉の耳には届かなかった。
「……毒は、俺も持っている」
 蜘蛛が、人の言葉を口にした。
 黒之丞がその本性を現した事を、なんとなく白蝉は理解した。
 大きなものが、そこにある。
 唸りをあげて響き渡るその声に、白蝉は包み込むような優しさを感じた。
「どうしたものかと思ったが……勝負は、わからないものだな」
 正直、お手上げではあった。
 人の姿では、男には勝てない。
 あの「烏天狗」のように、術があればまだ戦いようがあるが、黒之丞は使うことが出来なかった。
 鋼より固い己の八肢を易々と切り落とす刀。
 遣い手は……死人の達人。
 この姿に変化しても、小回りのそれほど利かないこの身体では、格好の獲物だろう。
 さて、と。
 自分の武器は、脚と、毒、牙、それに……糸。
 糸を使うか。
 そう、思った。
 毒には、毒。
 刀が流し込んだ毒は、己の毒――青緑の毒で、打ち消していた。
 刀が、震える。
 巨大な蜘蛛の牙が、大蝮を、噛み砕き、毒で溶かした。
 その瞬間。
 無数の蛇の影が拡がり、そして消えていった。