あやかし姫番外編~やつあしとびわ(16)~
「将太さんを……殺したの……」
「うん、ああ。分け前で、吉蔵と揉めた。だから、殺した」
淡々と、述べる。
白蝉は、ふうんと頷いた。
それがあの人の末路か。
優しい人だったのに。
あの日まで、優しかったのに。
分け前で、揉めた。そんなに、お金が欲しかったのか。
「蝮の旦那! どうして儂まで!」
吉蔵が、叫んだ。
命恋しと、大きな声をあげた。
「……血がいるんだ。傷付いた死人の躰を癒すには。この死人を維持するには。なのに、殺す相手いないだろう、お前。みんな殺したもんな。だから、もう、用済みだ」
「そんな……恩を」
「自分は、刀だ。恩など」
ゆっくりと、男は白蝉に近づいた。
「抵抗は?」
男が尋ねた。つまらなそうに、尋ねた。
「……元々、私は餌ですから」
「ああ、殊勝だな」
そう言うと、男は刀を振り上げた。
食べられるなら、あの妖がよかったのに。
漠然と、そんなことを考えた。
「俺の、餌だ」
そんなと、男が後ろを向いた。
刀。
男の手首を付けたまま地に突き刺さっていた。
「あれ……」
「白蝉は、俺の餌だ。誰にも、やらぬ」
聞き間違いかと、思った。
でも、自分の耳は、絶対。
間違えるはずが、なかった。
夢を聞いているのかもしれないと、あちこち身体を触った。
傷は――なかった。
黒之丞。起きあがり、首をこきこきと動かしていた。
その人の手から、何かが伸びていた。
細い、白い糸が、指から伸びていた。
糸操り。
斬り落とされた自らの脚を、五本の指から伸びたる糸で操ったのだ。
脚は、男の手を見事に切断した。
「か、刀!」
男が自分に駆け寄るよりも早く、巨大な――三本脚の蜘蛛が、その身体を呑み込んだ。
一呑み、であった。
嫌な音は、白蝉の耳には届かなかった。
「……毒は、俺も持っている」
蜘蛛が、人の言葉を口にした。
黒之丞がその本性を現した事を、なんとなく白蝉は理解した。
大きなものが、そこにある。
唸りをあげて響き渡るその声に、白蝉は包み込むような優しさを感じた。
「どうしたものかと思ったが……勝負は、わからないものだな」
正直、お手上げではあった。
人の姿では、男には勝てない。
あの「烏天狗」のように、術があればまだ戦いようがあるが、黒之丞は使うことが出来なかった。
鋼より固い己の八肢を易々と切り落とす刀。
遣い手は……死人の達人。
この姿に変化しても、小回りのそれほど利かないこの身体では、格好の獲物だろう。
さて、と。
自分の武器は、脚と、毒、牙、それに……糸。
糸を使うか。
そう、思った。
毒には、毒。
刀が流し込んだ毒は、己の毒――青緑の毒で、打ち消していた。
刀が、震える。
巨大な蜘蛛の牙が、大蝮を、噛み砕き、毒で溶かした。
その瞬間。
無数の蛇の影が拡がり、そして消えていった。
「うん、ああ。分け前で、吉蔵と揉めた。だから、殺した」
淡々と、述べる。
白蝉は、ふうんと頷いた。
それがあの人の末路か。
優しい人だったのに。
あの日まで、優しかったのに。
分け前で、揉めた。そんなに、お金が欲しかったのか。
「蝮の旦那! どうして儂まで!」
吉蔵が、叫んだ。
命恋しと、大きな声をあげた。
「……血がいるんだ。傷付いた死人の躰を癒すには。この死人を維持するには。なのに、殺す相手いないだろう、お前。みんな殺したもんな。だから、もう、用済みだ」
「そんな……恩を」
「自分は、刀だ。恩など」
ゆっくりと、男は白蝉に近づいた。
「抵抗は?」
男が尋ねた。つまらなそうに、尋ねた。
「……元々、私は餌ですから」
「ああ、殊勝だな」
そう言うと、男は刀を振り上げた。
食べられるなら、あの妖がよかったのに。
漠然と、そんなことを考えた。
「俺の、餌だ」
そんなと、男が後ろを向いた。
刀。
男の手首を付けたまま地に突き刺さっていた。
「あれ……」
「白蝉は、俺の餌だ。誰にも、やらぬ」
聞き間違いかと、思った。
でも、自分の耳は、絶対。
間違えるはずが、なかった。
夢を聞いているのかもしれないと、あちこち身体を触った。
傷は――なかった。
黒之丞。起きあがり、首をこきこきと動かしていた。
その人の手から、何かが伸びていた。
細い、白い糸が、指から伸びていた。
糸操り。
斬り落とされた自らの脚を、五本の指から伸びたる糸で操ったのだ。
脚は、男の手を見事に切断した。
「か、刀!」
男が自分に駆け寄るよりも早く、巨大な――三本脚の蜘蛛が、その身体を呑み込んだ。
一呑み、であった。
嫌な音は、白蝉の耳には届かなかった。
「……毒は、俺も持っている」
蜘蛛が、人の言葉を口にした。
黒之丞がその本性を現した事を、なんとなく白蝉は理解した。
大きなものが、そこにある。
唸りをあげて響き渡るその声に、白蝉は包み込むような優しさを感じた。
「どうしたものかと思ったが……勝負は、わからないものだな」
正直、お手上げではあった。
人の姿では、男には勝てない。
あの「烏天狗」のように、術があればまだ戦いようがあるが、黒之丞は使うことが出来なかった。
鋼より固い己の八肢を易々と切り落とす刀。
遣い手は……死人の達人。
この姿に変化しても、小回りのそれほど利かないこの身体では、格好の獲物だろう。
さて、と。
自分の武器は、脚と、毒、牙、それに……糸。
糸を使うか。
そう、思った。
毒には、毒。
刀が流し込んだ毒は、己の毒――青緑の毒で、打ち消していた。
刀が、震える。
巨大な蜘蛛の牙が、大蝮を、噛み砕き、毒で溶かした。
その瞬間。
無数の蛇の影が拡がり、そして消えていった。