小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫番外編~やつあしとびわ(17)~

 きちちと鳴くと、黒之丞は人の姿に戻った。
 右手がない。
 左手で、蜘蛛の脚を草原に投げ捨てていく。
 お前達の餌だと、呟きながら。
「白蝉」
「あ、はい」
 女が、答えた。
「大事ないか?」
 うんと、頷く。
 真ん丸と大きな目に、白蝉の顔を映し、しばし瞬きすると、ぷいっと、背を向けた。
 黒之丞が、のろのろと歩き出した。
 白蝉が、その後ろについていった。
 吉蔵は、黙って二人を見送った。
 妖とは、恐ろしき物。
 怒らせては、ならぬ。近づいては、ならぬ。
 昔、遠い昔、誰かに言われたのを、思い出した。
 誰であったろうか。
 多分……ばばさまだったろう。
 終わりだと、吉蔵は思った。



 街には、入らなかった。
 今は、山道に入っていた。
 そう、黒之丞が、言った。
 確かに、白蝉は、ずっと坂道を上っていた。
 様々な匂いが、湧き立つ音が、彼女に、山に入ったのだと教えてくれていた。
 生まれて二度目の、山だった。
「あの」
「なんだ?」
「吉蔵……追ってくるのでは?」
「こないな」
 あれだけ力を見せつけて、それでも追ってくるのなら、遠慮無く、潰す。
 それだけだった。
「あの……」
「今度は、なんだ」
 苛立っているようであった。
「怪我、しているんじゃないですか?」
 白蝉が、言った。
 少し間を置いて、いいやと黒之丞が答えた。
「嘘吐き」
 むぅ、っと息を吐いたっきり、黙り込む。
 怪我は、していた。
 五本、脚を無くした。
 その影響だろうか。ずっと、歩きにくかった。
 背の傷も、深い。血は、肉を引き締めて止めたが、治るのに時間が掛かるだろう。
「怪我、しているのでしょう?」
「ほんの、掠り傷だ」
 白蝉が、ふっと笑みを浮かべた。 
 黒之丞に近づくと、
「私、お役に立てそうですね」
 静かに、言う。
「役に立つ?」
「黒之丞さん、私を食べて下さい」
 嬉しそうに、そう、言った。