小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~想い告げし告げられし(2)~

「葉子さん」
「あいあい?」
 お台所。
 銀狐は鼻歌かけつつ洗い物。
 昼の食事の洗い物。
 量は、少ない。
 一人分、だからだ。
「どしたの?」
「太郎さん、見てないですか?」
「太郎?」
 うーんと小首を傾けると、
「見てないよー」
 っと、尾っぽを振った。
「……どこに、行ったのかな……」
 ほふっと、姫様は、息を吐いた。
「おいら、見たよ」
 葉子の頭にちょこんと乗って。
 古鼓の妖が、自分をぽこんと打ち鳴らした。
「あたいの頭に乗るなぁ!」
 ぴょいっと葉子が尾っぽを伸ばす。
 今は手が離せないから。
 銀毛尾っぽに掴まれた妖が、姫様の前に突き出された。
「大々鼓、太郎さんは、どこに?」
「んー」
 思い悩む。
 みしっと音がした。
 葉子が、尾に力を入れたのだ。
「川! 川!」
 川……と、大々鼓から尾っぽを外しながら、姫様は不思議そうな顔をした。
「そういや、釣り道具持ってたなー」
「持ってた持ってた」
「珍しいよね。似合わないっていうか」
「どっちだろう……右、左?」
「右だなって言ってたよ」
「……沙羅ちゃんのところ?」
 右の小川が、沙羅の住む流れ。二手に別れた川の事を、古寺では右左で区別していた。
「川、川ねえ……川かぁ……葉子さん」
「玄関で待ってて。すぐ洗い終わるからさ」
「はい」
 そう返事すると、姫様は玄関に向かった。
 赤色鼻緒の草履を履く。
 そして……唇を噛み締めた。
 ――避けられていた。
 ――あの日、朝から、妖狼に。
「太郎さん……」
 理由は、わからない。
 ただ……あの日の朝――血を吐いた、次の日――から、太郎さんは、様子が変だった。
 病が癒えたと、皆喜んでくれた。
 泣いて、喜んでくれた。
 その中で、妖狼は……「よかった」と、ぽつりと漏らしただけだった。
 嬉しそうでは、なかった。
 むしろ――怒っているように、見えた。
「心配してくれてなかったのかな……」
 ……もしかして、私の事、嫌いになったのかな。
「なんでだろう……私、なにかしたのかな」
 葉子の気配。
 姫様が、そっと玄関を、出た。