小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~想い告げし告げられし(3)~

 水が、流れていく。
 水面が、光を、反射している。
 妖狼太郎は、釣り竿片手に、岩の上に胡座をかいていた。
「つ、釣れませんね」
「ああ」
 煩わしげに、妖狼は返事をした。
 河童の仔――沙羅。
 太郎の座る岩のすぐ隣。
 そこに、ちょこんと座っていた。
 妖狼は、溜息を吐いた。沙羅は、それが釣れない事への溜息だととり、
「早く釣れるといいですねー」
 っと、のんびりとした口調で言った。
 一人に、なりたかったのによ――
 また、妖狼は溜息を吐いた。
 場所を、間違えた。行くなら、左……。
 沙羅の事を、忘れていた。
 着いてすぐに、水面に甲羅が浮かんできて。
 波面を起こしながら姿を見せると、当たり前のように、自分の隣に腰を下ろした。
「た、太郎さん。彩花ちゃんは?」
「姫様か……」
 こんなに頭が痛むのも、ぜぇんっぶ、姫様が元だ。
「寺だよ、寺」
「へ、へぇ」
 苦手だと、太郎は思った。ゆっくりとした……凄くゆっくりとした話し方。
 そういえば、この妖とあまり話した事はないなと思った。
「ちっ」
 竿を上げる。
 魚が、ぴょんと針から離れていく。
 また、餌だけ取られた。
「惜しいですね」
 それには答えず、無言で川虫を針に付ける。竿を振ると、ちゃぽんと、音がした。
 日が、陰る。
 白い雲が、陽を、遮ったのだ。
 妖狼は、少し、目を閉じた。  
 頭領には、なにも訊いていない。
 恐らく、尋ねても答えてくれないだろう。
 頭領は、
 怖い、
 怖い、
 お方。
 本当に、怖いお方だ。
 あれから、姫様にはなにも変わったそぶりは見えない。
 その点には、少し安堵していた。
 村にも下りた。あのいけ好かない月心の所にも行った。
 なにも、変わっていない。
 なにも――
 変わったのは、自分だろう。
「ひ、引いてますよ」
 竿をあげる。魚を、掴んだ。
 沙羅が、ぱちぱちと拍手した。
 岩から降りると、川に漂う魚籠に、釣った魚を入れた。
 また、岩に上る。
 姫様喜ぶかなっと、思った。
「……お前さあ」
「?」
 きょとんとした顔で、沙羅は辺りを見回した。
「……沙羅以外に、誰がいるんだ」
「そうですね……はい……」
 また、川に糸を放る。魚は、見えていた。手で掴んだ方が、簡単だろう。
 それでも、糸を垂れていたかった。
「姫様のこと、どう思ってる?」
「彩花ちゃん?」
「うん」
 聞いてどうするのだろうな。そう、太郎は思った。
「彩花ちゃんは……うーん……うん。お友達、です」
「そっか」
「年、近いんですよ。私」
「……沙羅って、幾つだ?」
「えっと……やっと、五十を越えたところです」
 姫様は、今年で、十七。
 十八まで、もう、間がない。
「そんなに近いようには」
「人でいえば、近いですよ。人でいえば、私、十七ですから」
「ああ、なるほど」
 俺は……人でいえば、二十三、四。
 ……だっけ? 
 十九だったような?
 妖狼の齢の数え方、昔、おふくろに教わったんだが……
「彩花ちゃん……大切にされてますね」
「……うん」
 妖狼は、素直に頷いた。
「姫様は……なんだろう。俺たちの真ん中、だからな」
「ま、真ん中、ですか?」
「そうだ」
 姫様が来てから、古寺は変わった。
 一つに、纏まった。
 それは、今も。姫様の一挙一足に、一喜一憂してる。
「みんな、好きなんだよ。姫様のこと、子供だと思ってるんだ」
「は、はい。私も、好きですよ」
 沙羅が、言った。
 朱桜ちゃんも好きだし、葉子さんもそうだしっと、指折り始めて。
 俺は……ちょっと違うみたいだが。
 そう、だよな。俺は、違うんだ。
 結局、これだけかよ……
「ん」
 また、魚が、逃げた。