あやかし姫~想い告げし告げられし(3)~
水が、流れていく。
水面が、光を、反射している。
妖狼太郎は、釣り竿片手に、岩の上に胡座をかいていた。
「つ、釣れませんね」
「ああ」
煩わしげに、妖狼は返事をした。
河童の仔――沙羅。
太郎の座る岩のすぐ隣。
そこに、ちょこんと座っていた。
妖狼は、溜息を吐いた。沙羅は、それが釣れない事への溜息だととり、
「早く釣れるといいですねー」
っと、のんびりとした口調で言った。
一人に、なりたかったのによ――
また、妖狼は溜息を吐いた。
場所を、間違えた。行くなら、左……。
沙羅の事を、忘れていた。
着いてすぐに、水面に甲羅が浮かんできて。
波面を起こしながら姿を見せると、当たり前のように、自分の隣に腰を下ろした。
「た、太郎さん。彩花ちゃんは?」
「姫様か……」
こんなに頭が痛むのも、ぜぇんっぶ、姫様が元だ。
「寺だよ、寺」
「へ、へぇ」
苦手だと、太郎は思った。ゆっくりとした……凄くゆっくりとした話し方。
そういえば、この妖とあまり話した事はないなと思った。
「ちっ」
竿を上げる。
魚が、ぴょんと針から離れていく。
また、餌だけ取られた。
「惜しいですね」
それには答えず、無言で川虫を針に付ける。竿を振ると、ちゃぽんと、音がした。
日が、陰る。
白い雲が、陽を、遮ったのだ。
妖狼は、少し、目を閉じた。
頭領には、なにも訊いていない。
恐らく、尋ねても答えてくれないだろう。
頭領は、
怖い、
怖い、
お方。
本当に、怖いお方だ。
あれから、姫様にはなにも変わったそぶりは見えない。
その点には、少し安堵していた。
村にも下りた。あのいけ好かない月心の所にも行った。
なにも、変わっていない。
なにも――
変わったのは、自分だろう。
「ひ、引いてますよ」
竿をあげる。魚を、掴んだ。
沙羅が、ぱちぱちと拍手した。
岩から降りると、川に漂う魚籠に、釣った魚を入れた。
また、岩に上る。
姫様喜ぶかなっと、思った。
「……お前さあ」
「?」
きょとんとした顔で、沙羅は辺りを見回した。
「……沙羅以外に、誰がいるんだ」
「そうですね……はい……」
また、川に糸を放る。魚は、見えていた。手で掴んだ方が、簡単だろう。
それでも、糸を垂れていたかった。
「姫様のこと、どう思ってる?」
「彩花ちゃん?」
「うん」
聞いてどうするのだろうな。そう、太郎は思った。
「彩花ちゃんは……うーん……うん。お友達、です」
「そっか」
「年、近いんですよ。私」
「……沙羅って、幾つだ?」
「えっと……やっと、五十を越えたところです」
姫様は、今年で、十七。
十八まで、もう、間がない。
「そんなに近いようには」
「人でいえば、近いですよ。人でいえば、私、十七ですから」
「ああ、なるほど」
俺は……人でいえば、二十三、四。
……だっけ?
十九だったような?
妖狼の齢の数え方、昔、おふくろに教わったんだが……
「彩花ちゃん……大切にされてますね」
「……うん」
妖狼は、素直に頷いた。
「姫様は……なんだろう。俺たちの真ん中、だからな」
「ま、真ん中、ですか?」
「そうだ」
姫様が来てから、古寺は変わった。
一つに、纏まった。
それは、今も。姫様の一挙一足に、一喜一憂してる。
「みんな、好きなんだよ。姫様のこと、子供だと思ってるんだ」
「は、はい。私も、好きですよ」
沙羅が、言った。
朱桜ちゃんも好きだし、葉子さんもそうだしっと、指折り始めて。
俺は……ちょっと違うみたいだが。
そう、だよな。俺は、違うんだ。
結局、これだけかよ……
「ん」
また、魚が、逃げた。
水面が、光を、反射している。
妖狼太郎は、釣り竿片手に、岩の上に胡座をかいていた。
「つ、釣れませんね」
「ああ」
煩わしげに、妖狼は返事をした。
河童の仔――沙羅。
太郎の座る岩のすぐ隣。
そこに、ちょこんと座っていた。
妖狼は、溜息を吐いた。沙羅は、それが釣れない事への溜息だととり、
「早く釣れるといいですねー」
っと、のんびりとした口調で言った。
一人に、なりたかったのによ――
また、妖狼は溜息を吐いた。
場所を、間違えた。行くなら、左……。
沙羅の事を、忘れていた。
着いてすぐに、水面に甲羅が浮かんできて。
波面を起こしながら姿を見せると、当たり前のように、自分の隣に腰を下ろした。
「た、太郎さん。彩花ちゃんは?」
「姫様か……」
こんなに頭が痛むのも、ぜぇんっぶ、姫様が元だ。
「寺だよ、寺」
「へ、へぇ」
苦手だと、太郎は思った。ゆっくりとした……凄くゆっくりとした話し方。
そういえば、この妖とあまり話した事はないなと思った。
「ちっ」
竿を上げる。
魚が、ぴょんと針から離れていく。
また、餌だけ取られた。
「惜しいですね」
それには答えず、無言で川虫を針に付ける。竿を振ると、ちゃぽんと、音がした。
日が、陰る。
白い雲が、陽を、遮ったのだ。
妖狼は、少し、目を閉じた。
頭領には、なにも訊いていない。
恐らく、尋ねても答えてくれないだろう。
頭領は、
怖い、
怖い、
お方。
本当に、怖いお方だ。
あれから、姫様にはなにも変わったそぶりは見えない。
その点には、少し安堵していた。
村にも下りた。あのいけ好かない月心の所にも行った。
なにも、変わっていない。
なにも――
変わったのは、自分だろう。
「ひ、引いてますよ」
竿をあげる。魚を、掴んだ。
沙羅が、ぱちぱちと拍手した。
岩から降りると、川に漂う魚籠に、釣った魚を入れた。
また、岩に上る。
姫様喜ぶかなっと、思った。
「……お前さあ」
「?」
きょとんとした顔で、沙羅は辺りを見回した。
「……沙羅以外に、誰がいるんだ」
「そうですね……はい……」
また、川に糸を放る。魚は、見えていた。手で掴んだ方が、簡単だろう。
それでも、糸を垂れていたかった。
「姫様のこと、どう思ってる?」
「彩花ちゃん?」
「うん」
聞いてどうするのだろうな。そう、太郎は思った。
「彩花ちゃんは……うーん……うん。お友達、です」
「そっか」
「年、近いんですよ。私」
「……沙羅って、幾つだ?」
「えっと……やっと、五十を越えたところです」
姫様は、今年で、十七。
十八まで、もう、間がない。
「そんなに近いようには」
「人でいえば、近いですよ。人でいえば、私、十七ですから」
「ああ、なるほど」
俺は……人でいえば、二十三、四。
……だっけ?
十九だったような?
妖狼の齢の数え方、昔、おふくろに教わったんだが……
「彩花ちゃん……大切にされてますね」
「……うん」
妖狼は、素直に頷いた。
「姫様は……なんだろう。俺たちの真ん中、だからな」
「ま、真ん中、ですか?」
「そうだ」
姫様が来てから、古寺は変わった。
一つに、纏まった。
それは、今も。姫様の一挙一足に、一喜一憂してる。
「みんな、好きなんだよ。姫様のこと、子供だと思ってるんだ」
「は、はい。私も、好きですよ」
沙羅が、言った。
朱桜ちゃんも好きだし、葉子さんもそうだしっと、指折り始めて。
俺は……ちょっと違うみたいだが。
そう、だよな。俺は、違うんだ。
結局、これだけかよ……
「ん」
また、魚が、逃げた。