あやかし姫~想い告げし告げられし(5)~
月が、出ていた。紅い月が、出ていた。
雲が、流れていく。
太郎は、縁側に腰掛け、月を見上げていた。
さり、さりっと、足音がした。
隣に、姫様が座った。
二人で静かに、月を眺めた。
「お魚」
「美味かった?」
「それは、はい。沙羅ちゃんも葉子さんも、喜んでましたよ」
丁度四匹、その場で、食べて。
腑を取り、狐火で焼き上げて。
あつあつ、はふはふ。
妖狼は姫様に顔を向けて、少し微笑んだ。
金銀、妖瞳。
闇に、輝いていた。妖しげに、光を放っていた。
月の光に、呼応しているのだ。
姫様も、微笑みながら、妖狼を見やった。
「こうして顔を合わせるのは、久し振りですね」
「ああ」
近くにいたけど……避けて、いた。
近くにいたけど……避けられて、いた。
「どうして、私を避けていたんですか?」
「……そういうわけじゃねぇけど」
「嘘」
姫様の小さな言葉に、妖狼は両眼を見開いた。
姫様は顔を伏せていた。少し、肩が揺れていた。
「私のこと、嫌いになったのですか?」
「違う」
「……私、太郎さんに嫌な思い、させましたか?」
「違うって……」
姫様は俯いて、妖狼は月を見て。
それで、二人の時間が止まって。
「姫様の病」
また、時が、ゆっくりと流れ始めた。
「治ったみたいで、よかった」
「……うん」
「ちょっと、考え事してた。色んなこと、あったから。俺、頭良くないけど」
「考え事?」
「考え事……みんな、姫様のこと好きだよなー、っとか。本当の子供みたいに可愛がってて……葉子なんて、姫様にお母さんって呼ばれて、その度に舞い上がってるし」
「嬉しいこと、ですね」
ほっと、息を吐く。
ぽっと、頬が染まる。
「でもよ……俺は、違う」
「太郎さん?」
「葉子やクロや、多分頭領と同じようには、姫様のこと、思ってない」
「太郎さん……」
「それだけしか、わからなかった。一週間考えて、それだけだ。それだけだけど、大事な事だ」
どうして、そんなこと……
やっぱり、私の事が嫌いになったのだと、姫様は思った。
なにか、嫌な事を言ったのかも。
なにか、傷つけるようなことを、したのかも。
胸の、病。
ぼおっとするときが、多かった。
意識を手放すときが多かった。
そのときに?
火羅の顔が、頭に浮かんだ。
笑っている、火羅の顔。
所詮、妖と、人なのだと、妖狼の姫は、笑っていた。
目を瞑った。唇を、噛んだ。
消えてしまいたいと、思った。
「わかるわけ、ないんだよな。多分、頭領にしか、わかんねぇんだよな」
頭領?
何の、話?
「姫様、大きくなった」
目を、開けた。妖狼の顔を見やった。
何を言い出すのか、全く予想がつかなかった。
「本当に、大きくなった。大きく、優しく、育った」
そう面と向かって言われると、嬉しいし、こそばゆいけど……
「昔は、小さかったのによ……もうすぐ、十七だ」
そして、約束の日も、近くなる。
全てを、教えてくれるといった日。
片時も……忘れた事は、なかった。
「いつからだろうな。姫様を、好きになっちまったのは……」
多分、この瞳が好きだと言ってくれた日。
その日、自分は、魅入られた。
「好き……」
「あいつらとは、違う。俺は、姫様を好きなんだろう。あの『あやかし姫』の言ったとおりに」
「太郎さんが、私を、好き……」
「それだけ、わかった」
妖狼が立ち上がる。つられて、姫様も立ち上がった。
「難しい事考えようとしてもよ……なんにも答えは出ないしよ。死んでるんだろうがどうだろうが、もう、どうでもいい」
時折、言っている意味がわからなくなった。
でも、漠然とした意味は、わかった。
雲が、流れていく。
太郎は、縁側に腰掛け、月を見上げていた。
さり、さりっと、足音がした。
隣に、姫様が座った。
二人で静かに、月を眺めた。
「お魚」
「美味かった?」
「それは、はい。沙羅ちゃんも葉子さんも、喜んでましたよ」
丁度四匹、その場で、食べて。
腑を取り、狐火で焼き上げて。
あつあつ、はふはふ。
妖狼は姫様に顔を向けて、少し微笑んだ。
金銀、妖瞳。
闇に、輝いていた。妖しげに、光を放っていた。
月の光に、呼応しているのだ。
姫様も、微笑みながら、妖狼を見やった。
「こうして顔を合わせるのは、久し振りですね」
「ああ」
近くにいたけど……避けて、いた。
近くにいたけど……避けられて、いた。
「どうして、私を避けていたんですか?」
「……そういうわけじゃねぇけど」
「嘘」
姫様の小さな言葉に、妖狼は両眼を見開いた。
姫様は顔を伏せていた。少し、肩が揺れていた。
「私のこと、嫌いになったのですか?」
「違う」
「……私、太郎さんに嫌な思い、させましたか?」
「違うって……」
姫様は俯いて、妖狼は月を見て。
それで、二人の時間が止まって。
「姫様の病」
また、時が、ゆっくりと流れ始めた。
「治ったみたいで、よかった」
「……うん」
「ちょっと、考え事してた。色んなこと、あったから。俺、頭良くないけど」
「考え事?」
「考え事……みんな、姫様のこと好きだよなー、っとか。本当の子供みたいに可愛がってて……葉子なんて、姫様にお母さんって呼ばれて、その度に舞い上がってるし」
「嬉しいこと、ですね」
ほっと、息を吐く。
ぽっと、頬が染まる。
「でもよ……俺は、違う」
「太郎さん?」
「葉子やクロや、多分頭領と同じようには、姫様のこと、思ってない」
「太郎さん……」
「それだけしか、わからなかった。一週間考えて、それだけだ。それだけだけど、大事な事だ」
どうして、そんなこと……
やっぱり、私の事が嫌いになったのだと、姫様は思った。
なにか、嫌な事を言ったのかも。
なにか、傷つけるようなことを、したのかも。
胸の、病。
ぼおっとするときが、多かった。
意識を手放すときが多かった。
そのときに?
火羅の顔が、頭に浮かんだ。
笑っている、火羅の顔。
所詮、妖と、人なのだと、妖狼の姫は、笑っていた。
目を瞑った。唇を、噛んだ。
消えてしまいたいと、思った。
「わかるわけ、ないんだよな。多分、頭領にしか、わかんねぇんだよな」
頭領?
何の、話?
「姫様、大きくなった」
目を、開けた。妖狼の顔を見やった。
何を言い出すのか、全く予想がつかなかった。
「本当に、大きくなった。大きく、優しく、育った」
そう面と向かって言われると、嬉しいし、こそばゆいけど……
「昔は、小さかったのによ……もうすぐ、十七だ」
そして、約束の日も、近くなる。
全てを、教えてくれるといった日。
片時も……忘れた事は、なかった。
「いつからだろうな。姫様を、好きになっちまったのは……」
多分、この瞳が好きだと言ってくれた日。
その日、自分は、魅入られた。
「好き……」
「あいつらとは、違う。俺は、姫様を好きなんだろう。あの『あやかし姫』の言ったとおりに」
「太郎さんが、私を、好き……」
「それだけ、わかった」
妖狼が立ち上がる。つられて、姫様も立ち上がった。
「難しい事考えようとしてもよ……なんにも答えは出ないしよ。死んでるんだろうがどうだろうが、もう、どうでもいい」
時折、言っている意味がわからなくなった。
でも、漠然とした意味は、わかった。