小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~想い告げし告げられし(終)~

「俺は、もう、姫様を子供とは、見ていない」
「……へえー」
 ……どういうことですか?
 姫様が、強張った笑みを妖狼に向けた。
「……姫様が、一番大切って事」
 妖狼が、腕を組んだ。にっと、子供のような笑みを姫様に向けた。
「咲夜ちゃん、よりも?」
 太郎さんの妹の名。少し意地悪かな、と、思った。
 案の定、むっとして。
 でも、
「お、おお……」
 と、迷いながら、返事した。
 それを聞いて、姫様が、笑い出した。
 妖狼が少し、顔を歪めた。
 姫様は、可笑しかったのだ。本当に本当に、可笑しかったのだ。
 嫌われたのかと思い悩んでいたのに、好きだと言われてしまった。
 妹さんよりも、大切だと。
 笑いながら、姫様は少し、泣いていた。
「私は、人ですよ」
「うん」
「人だから……みんなより、早くお婆ちゃんになって」
 涙を、拭う。
 そっと、地面に、落とした。
「俺よりも早く、死ぬってか」
「はい……人と、妖。一緒になれば、辛いだけです。太郎さん、酒呑童子さまのようになる。酒呑童子さま、ずっと、悲しんでいらっしゃいますから」
 鬼の王は、悲しみを携えて生きていた。
「心配するな。一緒に死んじまうからさ」
 姫様が、絶句した。
 太郎は、からからと嗤った。
「そうすりゃ、ずっと一緒だ。名案だろう? 姫様がいなけりゃ、もう、どうだっていいんだ」
「そんなの……」
 死んじゃ、いやですよ。
 そう、姫様が、言った。
「それによ……それは、葉子もクロも、一緒だ」
「う……」
 私を育ててくれた妖達。
 別れの日は、来る。私の許に、訪れる。
 そして、悲しませる事になる。
「……先の事なんて、わかんねぇよ……」
 妖狼が、そう、呟いた。
「本当は、そこまで、考えてない。姫様が好きで、それはずっと変わんないだろうな。それだけしか、考えてない。まだ、決まっていないことでもあるし」
「決まっていない……」
 それは、そうだろう。
 先の事は、わからない。当たり前の、こと。
 ただ、妖狼の言い方に、姫様は少し、違和感を覚えた。
「姫様、」
 慌てたように、太郎は声を出した。
「俺の事、嫌いか?」
「……好きですよ」
「それは、」
「太郎さんは、特別です」
 そう言うと――
 姫様は、とんと背伸びして、妖狼の唇に、自分の唇を重ねた。
 
 ――それが、
 
 ――姫様の、
 
 ――妖狼への答え。

「うん……」
「私も、好きですよ」
 二人、離れる。そう言って、姫様が微笑んだ。
 真っ赤な、妖狼。
 薄桃色の姫様。
 二人とも――幸せそうで、あった。



 月が、見ていた。紅い月が、見ていた。
 古寺は、静かであった。 
 皆、眠っていた。
 否――
 女が一人、屋根の上から二人を見ていた。
 にたりと、嗤う。それでいいと、嗤う。
 どうせ、同じ事なのだからと。
 女は、月の光に、すっと掻き消えた。
 


 金銀妖瞳の妖狼と、あやかし姫は、二人並んで縁側に座った。
 真紅。
 薄桃色。
 まだ、唇が、暖かい。
 想いを、告げた。それで、満足であった。
「綺麗な、月ですね」
「うん」
「……もう、寝ますね」
「うん……」
 姫様が、去っていく。
 去り際に、妖狼に、
「大好き」
 とだけ、言い残して。
 姫様が去ると、妖狼は、大きくゆるゆると溜息を吐いた。
 姫様、布団に潜り込む。
 目を、瞑る。
 眠れなかった。
 胸が高鳴り、収まる事はなくて。
「葉子さん……どうしよう……」
 そう、姫様は呟いた。
 


 想いを、告げられた。
 想いを、告げた。
 人と、妖。
 妖と、人。
 姫と、狼。
 狼と、姫。



「でも……今、とても、幸せですよ」
 姫様が、そう、言った。