あやかし姫~想い告げし告げられし(終)~
「俺は、もう、姫様を子供とは、見ていない」
「……へえー」
……どういうことですか?
姫様が、強張った笑みを妖狼に向けた。
「……姫様が、一番大切って事」
妖狼が、腕を組んだ。にっと、子供のような笑みを姫様に向けた。
「咲夜ちゃん、よりも?」
太郎さんの妹の名。少し意地悪かな、と、思った。
案の定、むっとして。
でも、
「お、おお……」
と、迷いながら、返事した。
それを聞いて、姫様が、笑い出した。
妖狼が少し、顔を歪めた。
姫様は、可笑しかったのだ。本当に本当に、可笑しかったのだ。
嫌われたのかと思い悩んでいたのに、好きだと言われてしまった。
妹さんよりも、大切だと。
笑いながら、姫様は少し、泣いていた。
「私は、人ですよ」
「うん」
「人だから……みんなより、早くお婆ちゃんになって」
涙を、拭う。
そっと、地面に、落とした。
「俺よりも早く、死ぬってか」
「はい……人と、妖。一緒になれば、辛いだけです。太郎さん、酒呑童子さまのようになる。酒呑童子さま、ずっと、悲しんでいらっしゃいますから」
鬼の王は、悲しみを携えて生きていた。
「心配するな。一緒に死んじまうからさ」
姫様が、絶句した。
太郎は、からからと嗤った。
「そうすりゃ、ずっと一緒だ。名案だろう? 姫様がいなけりゃ、もう、どうだっていいんだ」
「そんなの……」
死んじゃ、いやですよ。
そう、姫様が、言った。
「それによ……それは、葉子もクロも、一緒だ」
「う……」
私を育ててくれた妖達。
別れの日は、来る。私の許に、訪れる。
そして、悲しませる事になる。
「……先の事なんて、わかんねぇよ……」
妖狼が、そう、呟いた。
「本当は、そこまで、考えてない。姫様が好きで、それはずっと変わんないだろうな。それだけしか、考えてない。まだ、決まっていないことでもあるし」
「決まっていない……」
それは、そうだろう。
先の事は、わからない。当たり前の、こと。
ただ、妖狼の言い方に、姫様は少し、違和感を覚えた。
「姫様、」
慌てたように、太郎は声を出した。
「俺の事、嫌いか?」
「……好きですよ」
「それは、」
「太郎さんは、特別です」
そう言うと――
姫様は、とんと背伸びして、妖狼の唇に、自分の唇を重ねた。
――それが、
――姫様の、
――妖狼への答え。
「うん……」
「私も、好きですよ」
二人、離れる。そう言って、姫様が微笑んだ。
真っ赤な、妖狼。
薄桃色の姫様。
二人とも――幸せそうで、あった。
月が、見ていた。紅い月が、見ていた。
古寺は、静かであった。
皆、眠っていた。
否――
女が一人、屋根の上から二人を見ていた。
にたりと、嗤う。それでいいと、嗤う。
どうせ、同じ事なのだからと。
女は、月の光に、すっと掻き消えた。
金銀妖瞳の妖狼と、あやかし姫は、二人並んで縁側に座った。
真紅。
薄桃色。
まだ、唇が、暖かい。
想いを、告げた。それで、満足であった。
「綺麗な、月ですね」
「うん」
「……もう、寝ますね」
「うん……」
姫様が、去っていく。
去り際に、妖狼に、
「大好き」
とだけ、言い残して。
姫様が去ると、妖狼は、大きくゆるゆると溜息を吐いた。
姫様、布団に潜り込む。
目を、瞑る。
眠れなかった。
胸が高鳴り、収まる事はなくて。
「葉子さん……どうしよう……」
そう、姫様は呟いた。
想いを、告げられた。
想いを、告げた。
人と、妖。
妖と、人。
姫と、狼。
狼と、姫。
「でも……今、とても、幸せですよ」
姫様が、そう、言った。
「……へえー」
……どういうことですか?
姫様が、強張った笑みを妖狼に向けた。
「……姫様が、一番大切って事」
妖狼が、腕を組んだ。にっと、子供のような笑みを姫様に向けた。
「咲夜ちゃん、よりも?」
太郎さんの妹の名。少し意地悪かな、と、思った。
案の定、むっとして。
でも、
「お、おお……」
と、迷いながら、返事した。
それを聞いて、姫様が、笑い出した。
妖狼が少し、顔を歪めた。
姫様は、可笑しかったのだ。本当に本当に、可笑しかったのだ。
嫌われたのかと思い悩んでいたのに、好きだと言われてしまった。
妹さんよりも、大切だと。
笑いながら、姫様は少し、泣いていた。
「私は、人ですよ」
「うん」
「人だから……みんなより、早くお婆ちゃんになって」
涙を、拭う。
そっと、地面に、落とした。
「俺よりも早く、死ぬってか」
「はい……人と、妖。一緒になれば、辛いだけです。太郎さん、酒呑童子さまのようになる。酒呑童子さま、ずっと、悲しんでいらっしゃいますから」
鬼の王は、悲しみを携えて生きていた。
「心配するな。一緒に死んじまうからさ」
姫様が、絶句した。
太郎は、からからと嗤った。
「そうすりゃ、ずっと一緒だ。名案だろう? 姫様がいなけりゃ、もう、どうだっていいんだ」
「そんなの……」
死んじゃ、いやですよ。
そう、姫様が、言った。
「それによ……それは、葉子もクロも、一緒だ」
「う……」
私を育ててくれた妖達。
別れの日は、来る。私の許に、訪れる。
そして、悲しませる事になる。
「……先の事なんて、わかんねぇよ……」
妖狼が、そう、呟いた。
「本当は、そこまで、考えてない。姫様が好きで、それはずっと変わんないだろうな。それだけしか、考えてない。まだ、決まっていないことでもあるし」
「決まっていない……」
それは、そうだろう。
先の事は、わからない。当たり前の、こと。
ただ、妖狼の言い方に、姫様は少し、違和感を覚えた。
「姫様、」
慌てたように、太郎は声を出した。
「俺の事、嫌いか?」
「……好きですよ」
「それは、」
「太郎さんは、特別です」
そう言うと――
姫様は、とんと背伸びして、妖狼の唇に、自分の唇を重ねた。
――それが、
――姫様の、
――妖狼への答え。
「うん……」
「私も、好きですよ」
二人、離れる。そう言って、姫様が微笑んだ。
真っ赤な、妖狼。
薄桃色の姫様。
二人とも――幸せそうで、あった。
月が、見ていた。紅い月が、見ていた。
古寺は、静かであった。
皆、眠っていた。
否――
女が一人、屋根の上から二人を見ていた。
にたりと、嗤う。それでいいと、嗤う。
どうせ、同じ事なのだからと。
女は、月の光に、すっと掻き消えた。
金銀妖瞳の妖狼と、あやかし姫は、二人並んで縁側に座った。
真紅。
薄桃色。
まだ、唇が、暖かい。
想いを、告げた。それで、満足であった。
「綺麗な、月ですね」
「うん」
「……もう、寝ますね」
「うん……」
姫様が、去っていく。
去り際に、妖狼に、
「大好き」
とだけ、言い残して。
姫様が去ると、妖狼は、大きくゆるゆると溜息を吐いた。
姫様、布団に潜り込む。
目を、瞑る。
眠れなかった。
胸が高鳴り、収まる事はなくて。
「葉子さん……どうしよう……」
そう、姫様は呟いた。
想いを、告げられた。
想いを、告げた。
人と、妖。
妖と、人。
姫と、狼。
狼と、姫。
「でも……今、とても、幸せですよ」
姫様が、そう、言った。