小説置き場2

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あやかし姫~雪のお宿(7)~

 ひょいと、茨木童子がやまめを抱え上げる。
「あ、あの」
 鬼の子が、ちょこんとその傍らについた。
「部屋に連れて行く」
「ですね」
「朱桜?」
「着いていくです。こういう時のために、私は医術を学んでいるのです」
 真剣そのもの、であった。
 そのまま、三人は、行ってしまった。
 とりあえず、視線を彷徨わせる者。
 ほっこりと笑いあう者。
「行ってもうた」
「うん」
 と、呆然とする者。
 色々だった。
 皆、嬉しくはあった。朱桜が、やまめに、好意を示して。
 懸念を抱いていたのだ。
 もしかしたらと。人見知りする子だった。頑固だった。
 でも……朱桜は、優しい、子だった。
 光と、白月も、嬉しくあった。
「行ってしまわれましたな」
「ええ」
「拙者達はこれからどうすれば?」
「……」
 姫様は、微笑みながら、さぁと首を傾げた。
「はいはーい! まずは、部屋の割り振りだぞ!」
 鬼姫が言った。
 それもそうかと同意する。
「部屋決めしてー、温泉だぞ!」
「おお!」
 これには一同、歓声をあげた。
 今回の旅の目的の半分は達した。
 後は、楽しむだけだ。
「で、部屋決まってるの、土鬼?」
 黙って紙を示す。
 部屋は、五つ。
 太郎と黒之助が梅の間。
 白蝉と黒之丞と羽矢風の命が春の間。
 姫様と葉子と沙羅と咲夜が夏の間。
 鈴鹿御前と宗俊と大獄丸と秋が間。
 桐壺と白月と光と朱桜が冬の間。
「拙者と太郎殿か……」
「むぅ」
「まぁ、妥当かな」
 太郎と黒之助が微妙な表情を見せたが、他はこれでいいかなと。
「じゃあ、温泉に行くぞー!」
 鬼姫が先頭。
 がやがやと進む。
 太郎と黒之助は、やっぱり微妙な表情を浮かべていた。



「あに様、黒之助さんと同室なんですね」
「そうだね」
 着替え――
 妖は、容易い。
 煙を帯びれば、衣は消える。
 姫様と白蝉だけだ。
 いつもは豪奢な真の衣を纏っている鈴鹿御前も、今日は仮初め、だった。
 更衣室には、姫様と白蝉、咲夜、それに葉子が残っている。
 沙羅は、温泉ーと真っ先に入っていった。
 白月が続き、桐壺が追う。
 鈴鹿御前と鈴は、ゆっくりと厳かに入り――白月にお湯を被せられ、こらー! と追いかけた。
 ぺこぺこ謝るのは、桐壺の役目だった。
「まぁ、しょうがないさね」
 葉子は、白蝉の着替えを手伝っていた。
 部屋割りを教えられたとき、残念だなと、咲夜は思った。
 あに様とは、ずっと離れて暮らしていた。
 数えるほどしか、会ったことがない。
 今日はより親しくなれるよい機会だと思っていたのに。
 夜通し、語ってみたかった。
 どんなことがあったのか、聞いてみたかった。
 どんなことがあったのか、話してみたかった。
「喧嘩しなければいいですが」
 姫様も残念がって。
 ただ、これは、どうしようもないのだけれど。さすがに同じ部屋はまずいと考え直す。
 考えてみると、太郎には、親しくしている妖が少ない。
 黒之丞さんや大獄丸さん、茨木童子様、宗俊様とも、どこか壁を作っている。
 妹である咲夜さんや、葉子さん、そして、私。それにクロさんには、心を開いている。そう、思う。
 だから、これで良かったのだろう。
 衣を脱ぎさり、三人の裸身にちょこっと引け目を感じながら、姫様は戸を開けた。
 蒸気がもくと沸き立つ大浴場。
 沙羅と鈴が、既に湯船に浸っていた。
 岩の壁が、ごつとあった。
 天上が開け、紅色の空が抜けている。
 鈴は、人の姿。二本の尾が、水面から顔を出している。
 白月が、鈴鹿御前に髪を洗ってもらっていた。その鬼姫も、桐壺に背中を流してもらっていた。
「とりあえず、身体洗おっか」
「そうですね」
 お湯を汲む。
 咲夜は湯を一浴びすると、もふもふ尾を振りながら、湯に入っていった。
 三人が、
「極楽ー」
 と並びやった。
「ああ、自分で洗えます」
 白蝉が、言った。
 そうなの?
 と、ここまで手を引いてきた葉子が返した。
「黒之丞さんもそうで、よく心配してくれるんですが……一応、一人で暮らしていましたし」
「黒之丞? 一緒に入るの?」
「はい、たまに」
 姫様の顔が赤くなった。銀狐は、にやぁっとしただけだった。
「こら! 逃げるな!」
「嫌じゃ! 儂は早く入るのじゃ!」
「きちんと洗ってから!」
「す、鈴はどうなのじゃ!?」
「……鈴はいいの!」
 早く入りたいと抵抗する白月。
 鬼姫の念入りさが、焦れったくなったらしい。
 葉子は、その様子を見ながら、
「あたいもする」
 と、姫様に言った。
「はい?」
「姫様、座る」
 嬉しそうな葉子に、姫様も嬉しそうな顔を向けた。
「はいはい」
 お湯を頭から掛けられる。髪が、肌にへばりつく。
 銀狐の指が入る。
 目を、つぶる。
「久し振りさね、こういのも」
「本当ですね」 
「痒いところはございませんか?」
「う……上の方」
「あいあい」
 銀狐に、髪を洗ってもらう。久方ぶりだが、懐かしくて、心地良い。
 ぼぉっと、身を、委ねた。 
 何だか男湯が騒がしいが、疲れるので、放っておいた。
 また、湯を浴びる。
 手慣れたものだった。
「いいさね」
 邪魔にならないようにと、長い髪を纏めてくれていた。
「背中も流すよー」
「待って下さい」
「あい?」
「葉子さんの髪、私が洗ってあげます」
「……あたいは、尾っぽの方がいいなぁ」
「じゃあ、尻尾と髪、ですね」
「うん」
 母、娘――
 妖と、人の。
 髪を洗い終わり、互いの背を流し合った。
 そろそろ湯に浸かろうとしたときだった。
 気配を感じ、視線を感じ、姫様は顔を上に向けた。
 雪妖がいた。一糸纏わぬ白月が、白髪の下から、大きな瞳でじーっと不思議そうに見ていた。
「どうしたの?」
「……変じゃの」
「何がですか?」
「体が……彩花さん、皆と、違う。小さいというか……そう、平らじゃ」
 幼さ故の、無邪気な、悪意無き言葉。
 突き刺さった。
 そして、凍てついた。
 湯船に浸っていた者達が、凍てついた。
 宿が、凍てついた。
 白月は――雪の大龍の力を分かち持つ雪妖の巫女は――確かに、寒さを、感じた。
「そうですね」
 冷たい笑みを浮かべたまま、そう、返す。
 それ以上何も言えず、白月は、逃げるように去っていった。
「えっと……あ、あのね、姫様」
 気にしていたのだと、葉子は思った。
 知らなかった。
 考えたこともなかった。
「そのね……あたい達は……その、仮の姿だし」
 子供だと思っていたから。
 まだまだ幼い、愛しい子と。
 そういえば、背丈が伸びなくなったのは、何時の頃だろうか。
 小柄な姫様。
 ほっそりとした、体付きだった。
 力を入れれば、壊れてしまう。そんな繊細さを感じる、白い身体だった。
「いいんです、葉子さん」
 慰められると、逆に辛い。
 白月が、桐壺に拳骨を頭に落とされていた。
 いつものように騒ぎ立てず、神妙な顔をしている。
 沙羅や咲夜が、えっと……と、困惑した表情を。
 鬼姫は、考える眼差しを。
 とりあえず、男湯も何故か静かになったことだし、温泉であったまろうと姫様は思った。
 しずしずと身体を浸らせると、姫様はあちこちを揉み始めた。
 湯の中で身体を揉むといいらしいと、以前、妖狼の姫君に教わったのだ。
 適当に相槌を打つと、「きちんと聞きなさいよ」とむっとしながら言われた。
 それから、毎日実行している。効き目はさっぱり感じられない。
 温泉。
 効果があるかもしれない。
 確か、ここは、美容にいいと鬼姫が言っていた。
 なら……期待できるかも。
「くふ」
 妖狼の驚きを浮かべやり、思わず、笑みが零れた。
 それはそれで、背筋が凍る。
 このことには、今後一切触れないでおこうと、白蝉を除いて誓いあう。
 互いを確認し合うと……姫様は、確かに幼い。
 頭一つ分大きい、葉子や桐壺は元より、少し背が高い鬼姫や、同じ背丈の沙羅や咲夜と比べても。
 言葉には出さずとも、通じ合うときがある。
 まだ、それほど親しくない者もいるが、今は、間違いなく心が通じ合っていた。
 白蝉は、のほほんとしている。
 目の見えぬ白蝉には、話がよく、わからなかったのだ。
 当の姫様も姫様で、時折くふと零しながら、のほほんと温泉を満喫していた。