小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

こばなしの1

「え~と、頼まれたものは・・・・・・」
 
 おせいが商店街をとぼとぼ歩いていた。眠いのか、しきりに顔をこすっている。
 
 道行く男達がおせいの後ろ姿を鼻の下を伸ばして振り返る。おせいはそれだけの美貌を持っていたし努

力もしていた。十兵衛の収入のなかで彼女の支出が一番多い。十兵衛も右助も左吉もお金にはとんと執着

心がなく、生活費以外はほとんど彼女の懐に入っていく。それを化粧品やら着物やら髪飾りやらに全てつ

ぎ込むのだ。着飾っても一番見てほしい相手はそれを全く気にしていないのだが。

 まあ、彼女は妖なので実際の所関係無かったりする。なにせ化けているだけなのだから。

「綺麗な姐さん、どうでい、うちも見てやってくれや」

 魚屋の親父がおせいに声をかける。

「ご免よ、親父さん。今日は・・・・・・」

 一匹の魚に目がとまる。彼女はそれに釘付けとなった。

「なかなかおめがたかい!これは今日届いたばっかの甘鯛・・・・・・姐さん?」

 おせいは口を大きく開けてよだれを垂らしていた。とろんとした目。はっと我に返ると顔を真っ赤に染

める。

「お、親父!これくれ!」

 我を忘れていたのをごまかすように大声を上げる。値を言われておせいはえっと渋る顔になった。買え

ば財布の中身が吹っ飛んでしまう。

「甘鯛、甘鯛、甘鯛、甘鯛、甘鯛、甘鯛・・・・・・」

 甘鯛を見つめてぶつぶつ呟く。美人なのでいっそう凄みがある。ちょっと店の親父も引いていた。

「親父もってけ!

「あいよ!」

 誘惑に負けたらしい。財布が空っぽになったがおせいは満足だった。

 頼まれた品は何一つ買えなかったがそのことは完璧に忘れている。おせいはほくほく顔できた道を戻る

のだった。