小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

こばなしの2

 男がせんべいをぽりぽり食べている。その前に座る男もときおりくいっと眼鏡の位置を直しながら、同

じようにせんべいをぽりぽり食べていた。冷たい感じのする男だった。長髪をそのまま下ろしており、ま

だ若い。理知的で学者のような風貌。

 十兵衛は朝から江戸城に例の件の報告に出かけていった。出かけていったのだが、家光とは会うことが

出来なかった。いつものことだが勝手に出かけていったのを咎められているらしい。時間がかかりそうな

ので、弟の宗冬の部屋で時間を潰しているのだった。

「家光様、まだ怒られているのかな」

 十兵衛が聞く。結構時間がたっているのに、まだ知らせが来ない。

「まだでしょう。今日は親父殿と伊豆守様と春日局様の三人がかりですから」

 松平伊豆守と春日局。どちらも幕府の超大物だった。

「ちょっと城を抜け出すぐらい、いいと思うんだけどな~」

「兄上なら良いでしょうが、家光様は将軍ですよ」

「そうなんだけど・・・・・・あ、どうも」

 穏やかな笑みの女性が菓子の追加を差し出した。宗冬の妻、おはるだった。彼女は、宗冬より幾分年上

である。

「そういえば宗冬。お前、菓子屋巡りやってたんだって?」

「な、なぜそれを・・・」

「よくご存じですわね」

「いや、家光様が昨日言ってた」

「・・・・・・」
 
 宗冬が胃のあたりを抑えた。あまり知られたくなかったらしい。

「そうなんですよ義兄様。この人ったら、太るやらなんやら文句ばっかり言ってましたよ。あ、このおせ

んべいもこの人が買ってきたんです」

「宗冬、お前暇人なんだな」

「そんなこと兄上に言われたくないですな」

「なに」

「兄上のほうがよっぽどお暇でしょうが」

「なんだその口のききかた」

「はいはい、喧嘩は駄目ですよ」

 ちょっときな臭くなってきたので、おはるが仲裁に入る。二人とも黙ってせんべいに手を伸ばす。おは

るはにこにことその光景を見ていた。そして部屋の日時計に視線を移した。

「あら、もうこんな時間!子供達を迎えに行ってきますね」

「ああ」

「行ってらっしゃい」

「行って参ります、あなた、義兄様」

 二人で部屋の出入り口まで見送りに行く。そして、また元の場所に戻った。

「子供達、お前に慣れたか?」

「ええ、大分慣れました」

「朝から道場に?」

「そうです。兄上と違って真面目に通ってますよ」

「あはははははは」

 空虚な笑い。

「どうせ暇でしょうし、兄上が稽古をつけたら?子供達も喜びますよ」

「遠慮しとくよ」

「最近道場なんぞ行ってないでしょ。どうです?」

「なに、宗冬、新手のいじめ?」

「いえいえ、滅相もないです」

「あんな所に俺がいってもね。それに、逆にあの子らに教えられるかも」

「まあ、そうかもしれませんね」

「ひどいこと言うね」

「恐らく兄上よりも強いですよ」

「・・・・・・」

 十兵衛は、しょんぼりしている。

「あ、と、友矩様の話聞いてます?」

「友矩?いや聞いてないよ」

 宗冬が話の流れを無理矢理変えようとしている。

「またお見合いをぶち壊したそうですよ」

「そうか、相変わらずだね」

「ええ、母上がこんなこに育てた覚えはないとしくしく泣いているそうですよ」

「よく言うよ。確実に母上のせいなのに」

「兄上も原因の一つですよ」

「そうかな」

「兄上がもう少しお強ければ友矩様も・・・・・・あ」

 しまった!と宗冬はまた思ったが、もう後の祭りであった。

「・・・・・・」

 どんより。また十兵衛がしょんぼりしていた。

「い、家光様遅いですね」

「そうだね」

 まだどんよりした空気が流れる。それっきり二人とも何もしゃべらなかった。ただ、せんべいを囓る音

だけが部屋に響いた。

「十蔵殿はおられるか!」

「あ、兄上。使いが来たみたいですよ」

「じゃあ、行くよ」

 十兵衛が腰をあげる。

「そうそう、これ子供達に。おはるさんにもよろしく言っておいてね」

 三つ袋を渡す。上手くない字で「お小遣い」と書かれてあった。

「また」

「また」

 宗冬は十兵衛を見送った。なんとなく兄の背中が昔より小さく見えた。

「昔は、もっと大きく見えたんだがな」

 私がおはると結婚してからか。そう呟くと、また宗冬はせんべいに手を伸ばした。