小説置き場2

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あやかし姫番外編~鬼之姫と(13)~

 ゆれる、ゆれる。
 身体が、雛壇が、揺れる。
 これがなにか、おいら知ってる。
 じしん……そう、地震って奴だ。
 葉子さんに、教えてもらったんだ。
 結構大きい。やっぱり、怖い。
 ……光は、気づいた。
 朱桜ちゃんが、危ないと
 お内裏様が、今にも倒れそうだと。
 ぐらつきが、お雛様よりも大きいのだ。
 白月は、お雛様の前。
 朱桜は、お内裏様の前。
 そう思ったとき、光の小さな身体は自然と動いていた。
 朱桜ちゃんを、おいら、守る。



「そうかい、大獄丸様と俊宗様のお二方がねぇ……」
 まだ、大事にはなってない。
 大事にはなっていないんだろうけど……
 目の前のかみなりさまの女――桐壺は、古寺に来たときよりも落ち着いている。
 そう、葉子には見えた。
 部屋には、葉子と姫様、太郎だけ。
 頭領は桐壺の話を聞くと、「またか」と呟いて自分の部屋に戻っていった。
 それから、式が、数百と疾る気配。
 黒烏は、蜘蛛の所に出かけ、留守であった。
「ま、鈴鹿御前様が一緒なんだから、」
「それが心配なんです!」
 桐壺が、強い声を出した。
 伏せの姿勢の妖狼の耳が、少し動いた。
 牙が、見える。
 牙を、見せる。
 はっと目を見開くと、
「……っつ、失礼を」
 そう、桐壺は言った。
「あ、いや、ね、」
 葉子は、姫様に目をやった。
「ええ」
 姫様が、静かに頷いた。
 妖狼の耳がまた、少し動く。
 姫様の仕草は、桐壺よりも、妖狼に向けてのものだった。
「私は……」
「ん?」
「正直なところ……自信がありません」
「なにがですか?」
 姫様が頬を触りながら尋ねた。
 気になるのかと、妖狼は思った。
 じっと姫様を見やると、桐壺は力無い笑みを浮かべた。
 おやと、葉子は不思議そうに桐壺を見た。
 何度も会っているが、こういう顔は、見た事がなかった。
「光と白月さまを育てる自信が……」
 桐壺が、視線を少し落とした。
「本当に、本当に本当に……
 光が雪妖の巫女を連れ出したかもしれないと聞いたときは、心底驚きました。
 あの時、私は思ったんです。
 光を……我が子の事を、私は、知らないと。
 白月さまと親しくしていた事を、知らなかった。
 そして、光と白月さまを、見つける事が出来なかった。
 すぐに、自分の手で見つけるべきだったのに。
 手伝いすら、出来なかった。
 光なら、どこに行くだろうか……それが、わからなかったんです。
 今、光と白月さまを任されています。
 そして、あの鈴鹿御前様達と親しくさせていただいています。
 でも、本当は……私よりも、葉子さんの方が」
 光は、この力在る銀狐の事を慕っていた。 
 よっぽど……自分よりも、ふさわしい。
「桐壺」
 大変なんだろうなと思う。
 桐壺はそんなに強い妖じゃない。
 普通の、妖。
 小妖よりも力はあるけど、あたい達ほどじゃない。
 それが今じゃ大妖の傍で暮らす事になってしまって。
 雪妖の巫女を、預かる事になってしまって。 
「はい」
「光が、前に言ってた。お袋、最近よく怒るようになったって。昨日もげんこつもらったって。怖かったって」
「……怖い……怖い、ですか……今度は、怖い。やっぱり、私は駄目だ」
 怖がられて、いるのか。
 それも、わからなかった。
「でも、そんなお袋が好きだって。
 心配しなくてもさぁ。
 あいつはね、あんたの子だし、あんたは……二人の、母親なんだ」
 あたいが言うのも、どうにも変な感じだけどね。
 そう、照れたような笑みを浮かべながら、葉子は続けた。
 太郎が、興味なさげに庭に目をやった。
 姫様が、
「変じゃないですよ」
 そう、心の中で、呟いた。