あやかし姫~月の蝶(1)~
牛車から降り、しげしげと辺りを見渡し、かたりと首を傾げた。
長い黒髪を背に垂らした、見目麗しい少女だった。汚れなき白い肌が、紅い灯火に照らされている。
その表情に困惑の色が浮かんでいた。
「さぁ」
真紅の髪を夜風に揺らせ、先を行く少女が手を差し伸べた。
あやかしに育てられし古寺の姫様――彩花。
西の妖狼の姫君――火羅。
今宵はまたまた二人のお話。
「ご飯食べないの?」
「もう少し……」
火桶に手を当て、縁側でぶらぶらと足を踊らせる姫様。
はぁと溜息を吐くと、銀狐は先程から青筋を立てている黒之助に眼をやった。
むっと口を歪めている。
わかってるさねと、ひらひらと手の仕草で示してやる。
「昼過ぎたね」
姫様の隣に腰を降ろす。
妖狼の視線を背に感じた。
「お腹空いたでしょ?」
「……」
何も言わない。
代わりに、きゅるると、虫が鳴る。
銀狐が苦笑し、姫様は顔を赤く曇らせた。
ほらと葉子が促すと、姫様は恥ずかしげに立ち上がった。
「相変わらず勘はいいのね」
「ええ、はい」
曳くものなき車が、ぎぃと重々しい音を立てて門の前に停まった。
出やり、見やり、呆れたように肩を竦め。
赤い扇を口に当てると、そう、妖狼の姫君は言った。
古寺に住む者が着く前から揃っていた。
ずっ――と、烏天狗が踏み出す。
その猛々しさに、火羅は訝しげな視線を投げかけた。
「……遅くあられましたな」
ゆっくりと、言う。黒羽を顔に現しながら。
人の身と妖の身が混じりし姿。苛立っていた。怒っていた。
姫様は待っていた。
朝から待っていた。
日が沈みかけている。
もう、夕方、であった。
「食事はそちらで用意するというので、姫さんはしばし我慢されて」
だから、昼食をなかなか食べようとはしなかったのだ。
「え……夕方に迎えに行くって書いてなかった?」
「うん……」
「で、でも、普通夜じゃない!?」
違う。
ここは、違う。
「……朝からだと」
「ごめん」
「火羅殿よ」
「はい」
「彩花とどこへ?」
頭領が言った。
葉子がうんうんと頷いている。太郎は、視線を地に落としたまま動かそうとはしなかった。
むぅと黒之助は唸った。
まだ、行き場所を知らされていないのだ。
「その……秘密にしておきたいのです」
「姫さん、やめた方が良いのでは?」
うっ、と火羅が固まる。
姫様は、黒之助に身体を向けると、まあまあと穏やかな声をだした。
「頭領、行ってもいいですよね」
「ふーむ」
白眉を動かし、一瞥する。火羅の背を、ぞっと冷たいものが過ぎた。
この翁は、恐ろしい。
本能で、そう、悟っていた。
「今から出かけるなら、帰りは明日かの」
「は、はい。そのつもりです」
「……ふむ。いいじゃろう。行っておいで」
「うん!」
姫様が、嬉しげに頷いた。
長い黒髪を背に垂らした、見目麗しい少女だった。汚れなき白い肌が、紅い灯火に照らされている。
その表情に困惑の色が浮かんでいた。
「さぁ」
真紅の髪を夜風に揺らせ、先を行く少女が手を差し伸べた。
あやかしに育てられし古寺の姫様――彩花。
西の妖狼の姫君――火羅。
今宵はまたまた二人のお話。
「ご飯食べないの?」
「もう少し……」
火桶に手を当て、縁側でぶらぶらと足を踊らせる姫様。
はぁと溜息を吐くと、銀狐は先程から青筋を立てている黒之助に眼をやった。
むっと口を歪めている。
わかってるさねと、ひらひらと手の仕草で示してやる。
「昼過ぎたね」
姫様の隣に腰を降ろす。
妖狼の視線を背に感じた。
「お腹空いたでしょ?」
「……」
何も言わない。
代わりに、きゅるると、虫が鳴る。
銀狐が苦笑し、姫様は顔を赤く曇らせた。
ほらと葉子が促すと、姫様は恥ずかしげに立ち上がった。
「相変わらず勘はいいのね」
「ええ、はい」
曳くものなき車が、ぎぃと重々しい音を立てて門の前に停まった。
出やり、見やり、呆れたように肩を竦め。
赤い扇を口に当てると、そう、妖狼の姫君は言った。
古寺に住む者が着く前から揃っていた。
ずっ――と、烏天狗が踏み出す。
その猛々しさに、火羅は訝しげな視線を投げかけた。
「……遅くあられましたな」
ゆっくりと、言う。黒羽を顔に現しながら。
人の身と妖の身が混じりし姿。苛立っていた。怒っていた。
姫様は待っていた。
朝から待っていた。
日が沈みかけている。
もう、夕方、であった。
「食事はそちらで用意するというので、姫さんはしばし我慢されて」
だから、昼食をなかなか食べようとはしなかったのだ。
「え……夕方に迎えに行くって書いてなかった?」
「うん……」
「で、でも、普通夜じゃない!?」
違う。
ここは、違う。
「……朝からだと」
「ごめん」
「火羅殿よ」
「はい」
「彩花とどこへ?」
頭領が言った。
葉子がうんうんと頷いている。太郎は、視線を地に落としたまま動かそうとはしなかった。
むぅと黒之助は唸った。
まだ、行き場所を知らされていないのだ。
「その……秘密にしておきたいのです」
「姫さん、やめた方が良いのでは?」
うっ、と火羅が固まる。
姫様は、黒之助に身体を向けると、まあまあと穏やかな声をだした。
「頭領、行ってもいいですよね」
「ふーむ」
白眉を動かし、一瞥する。火羅の背を、ぞっと冷たいものが過ぎた。
この翁は、恐ろしい。
本能で、そう、悟っていた。
「今から出かけるなら、帰りは明日かの」
「は、はい。そのつもりです」
「……ふむ。いいじゃろう。行っておいで」
「うん!」
姫様が、嬉しげに頷いた。