小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~月の蝶(1)~

 牛車から降り、しげしげと辺りを見渡し、かたりと首を傾げた。
 長い黒髪を背に垂らした、見目麗しい少女だった。汚れなき白い肌が、紅い灯火に照らされている。
 その表情に困惑の色が浮かんでいた。
「さぁ」
 真紅の髪を夜風に揺らせ、先を行く少女が手を差し伸べた。
 あやかしに育てられし古寺の姫様――彩花。
 西の妖狼の姫君――火羅。
 今宵はまたまた二人のお話。
 


「ご飯食べないの?」
「もう少し……」
 火桶に手を当て、縁側でぶらぶらと足を踊らせる姫様。
 はぁと溜息を吐くと、銀狐は先程から青筋を立てている黒之助に眼をやった。
 むっと口を歪めている。
 わかってるさねと、ひらひらと手の仕草で示してやる。
「昼過ぎたね」
 姫様の隣に腰を降ろす。
 妖狼の視線を背に感じた。
「お腹空いたでしょ?」
「……」
 何も言わない。
 代わりに、きゅるると、虫が鳴る。
 銀狐が苦笑し、姫様は顔を赤く曇らせた。
 ほらと葉子が促すと、姫様は恥ずかしげに立ち上がった。



「相変わらず勘はいいのね」
「ええ、はい」
 曳くものなき車が、ぎぃと重々しい音を立てて門の前に停まった。
 出やり、見やり、呆れたように肩を竦め。
 赤い扇を口に当てると、そう、妖狼の姫君は言った。
 古寺に住む者が着く前から揃っていた。
 ずっ――と、烏天狗が踏み出す。
 その猛々しさに、火羅は訝しげな視線を投げかけた。
「……遅くあられましたな」
 ゆっくりと、言う。黒羽を顔に現しながら。
 人の身と妖の身が混じりし姿。苛立っていた。怒っていた。
 姫様は待っていた。
 朝から待っていた。
 日が沈みかけている。
 もう、夕方、であった。
「食事はそちらで用意するというので、姫さんはしばし我慢されて」
 だから、昼食をなかなか食べようとはしなかったのだ。
「え……夕方に迎えに行くって書いてなかった?」
「うん……」
「で、でも、普通夜じゃない!?」
 違う。
 ここは、違う。
「……朝からだと」
「ごめん」 
「火羅殿よ」
「はい」
「彩花とどこへ?」
 頭領が言った。
 葉子がうんうんと頷いている。太郎は、視線を地に落としたまま動かそうとはしなかった。
 むぅと黒之助は唸った。
 まだ、行き場所を知らされていないのだ。
「その……秘密にしておきたいのです」
「姫さん、やめた方が良いのでは?」
 うっ、と火羅が固まる。
 姫様は、黒之助に身体を向けると、まあまあと穏やかな声をだした。
「頭領、行ってもいいですよね」
「ふーむ」
 白眉を動かし、一瞥する。火羅の背を、ぞっと冷たいものが過ぎた。
 この翁は、恐ろしい。
 本能で、そう、悟っていた。
「今から出かけるなら、帰りは明日かの」
「は、はい。そのつもりです」
「……ふむ。いいじゃろう。行っておいで」
「うん!」
 姫様が、嬉しげに頷いた。