小説置き場2

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あやかし姫番外編~鬼之姫と(9)~

 くつ、と、笑みを浮かべていた。
 壁にもたれ、悠然と腕を組んで。
 嬉しそうに、女は笑みを浮かべていた。
 子供が、遊んでいる。
 広い、空間。
 三人の、妖の子供。
 今は、頭を突きつけ寝っ転がって、ぺたぺたお絵かきの真っ最中。
 あちこち絵の具撒き散らし、時には顔にも色がついて。
 朱桜、
 白月、
 光。
 朱桜の頭の上には、ちょこんと猫が、乗っていた。
「いいな、楽しそうで。そう思うでしょ?」
 女は、傍らの男に問いかけた。
 男は、返事しなかった。
「ちょっと、返事しなさいよ」
「……楽しそうに、見えます」
「でしょ、でしょ。連れてきた甲斐が、あるってもんよ」
「……やっぱり、わからない」
「あん?」
 小鈴が、星熊童子に、顔を向けた。
 四つ子の中で、星熊が長兄。
 性格も、一番穏やかで。
 気まぐれな鬼姫に付くには、うってつけであった。
「わかりません……急に、どうしたのですか? ここを、訪れるなんて」
「……私達さ」  
「はい」
「仲悪いじゃない」
「ええ、大変に」
 朱桜が、星熊に手を振った。にこやかに、手を振り返した。
「そろそろ……いいかなって」
「なにが、ですか?」
「……」
 白月が、紙を持って小鈴のもとへ。光も、朱桜も、一緒にとことこ。
「出来た! 出来たぞ!」
「おいらも、出来た!」
「私も、出来たですよ!」
「どれどれ……」
 三人の絵を、床に並べていく。
 鈴がすたりと朱桜の頭の上から飛び降りて、ひょこんと腰を屈めた小鈴の肩に、場所を変えた。
「朱桜ちゃん、上手じゃない!」
「へへ」
 三人と、一匹。
 仲良くさっきの雪合戦の図。
 白月は雪妖。雪ならいつでも生じさせられるのだ。
 絵は、丁寧に色が塗られていた。
 彩花ちゃんとは違うと思った。
 あの子は……絵が下手だ。
「うーん、やるねぇ。どれ、こっちは……なんだい、これ?」
「白ちゃんと朱桜ちゃん」
 ……の、つもり。
 白月が、わしはこんな顔じゃないとぷりぷり怒り、朱桜が、うーんうーんと言葉を探して。
 光の顔は、真っ赤になった。
「星熊」
 小鈴が、言った。皆の視線が、集まった。
 星熊童子は、
「……ま、まあ、なかなか、ね。いいんじゃないですか。そう、趣があって」
 苦心、していた。
 小鈴が、最後の一枚に目を落とす。
 絵を持つ手が、わなわなと震えた。
「……白月?」
「怒ったお主! 見よ、そっくりではないか!」
 小鈴を指差しあははと笑う。
「おー、そっくり」
 光が、可笑しそうに言う。
「……えっと、え、ええ!?」
 朱桜は、やっぱりなんとも言えなくて。
 言葉を探すのに四苦八苦。
「う、うー。小鈴さんは、もっと美人さんです」
「えー。こんなんじゃよ」
 白月が、言った。
 小鈴は、妖。
 妖なのだが……そう、白月の絵は、一言で言うと化け物の画。
 角を幾本も生やし、
 無数の牙が煌めき、
 空を雷が舞い、
 髪がうねうねと動き、
 鼻からは炎を噴いて。
 その手には、光、白月、朱桜らしき子供が掴まれ、助けてーと叫び。
 足下には大獄丸と俊宗と思われる鬼が踏んづけられて。
 桐壺と鈴のようにも見える絵は、眼下を逃げまどう。
 背後で焼けているのは、鬼岩城であろうか。
 自由奔放に描かれた大作ではあるが……鬼姫のこめかみに青筋を立てさせるのに十分であった。
「……お前は!」
「わーい!」
 小鈴が叫ぶ。
 白月は、光と朱桜の手を取ると、楽しそうに駆けだした。
 ちらちらと、申し訳なさそうに朱桜が振り返っている。
 小鈴は追いかけなかった。
 やれやれと溜息を吐くと、鈴の背中を撫で撫でとするだけだった。
「いきな」
 ちょこんと飛び降りると、鈴はにゃんと一声鳴いてから、三人の後を追いかけた。
「本当に、がきんちょは自由だね」
 ぴらぴらと、白月の画を振る。どこか、嬉しそうであった。
「自由自由……っと、あるところに、第四天魔王の娘がいました」
「……」
 急に、何を言い出すのだと、星熊は思った。
 小鈴が、目を、星熊に据えた。
「知ってる? その娘は、父親である魔王に、捨てられたって?」
「……いえ」
「だよね。まあ、そうだよね。知るわけないよね。
 娘は、刀持ってるでしょ? 
 三本の刀。
 あれってね、父親を脅かす、いや、凌ぐほどになった娘の力を、四つに分けたうちの、三つを封じたものなんだぞ」
「……な」
「喋るな」
 小鈴が、星熊の口を手で塞ぐ。
 ぎろりと睨まれると、星熊には竦む事しか出来なくて。
 朱桜が、二人を見る。なんとなしに、嫌な感じがしたから。
「小鈴さん? 星熊さん?」
 白月が、朱桜を見やり、
「どうしたのじゃ?」
 そう、尋ねた。
「あう……」
 心配そうに、二人を眺める。
 小鈴は、心配ないというように、にこりと手を振った。
 にぱっと笑うと、なんでもないですと、白月に言った。
「……そう、喋るな。お前は、喋るな。私の話を、黙って聞け。聞くだけでいい」
 小鈴は、手を、どけた。首を振り、部屋に潜んでいる弟達に、手出し無用と伝える。
 恐らく、なにも出来ないだろうが。
 白月と光は、部屋に飾ってある巨大な雛人形を見て、ほー、やら、わー、やら、感嘆の声を出していた。朱桜は、ちょっと恥ずかしそうであった。
「四分の一の力しかない娘なのに、それでも魔王は恐れてね。
 ついには、大陸から追い出しちゃった。
 赤子の姿に変えて、この国に、流したんだぞ」
 鬼姫の瞳には、ほのかな狂気が宿っていた。
 ほのかな火は、瞬く間に、全てを呑み込む炎となった。
「……娘は、父親の事、大好きだったのにね。
 流れ着いた先は、小さな鬼の集落。
 小さな西の鬼の村。
 娘は、そこで、育てられる事になりました。
 鬼、だったからね。
 最初に見つけた男の子と、その、家族に。
 娘はね、姿は赤子だけど、もう、意識はあったのよ。
 だって、短い……ほんの十年ばかしだけど、父親を凌ぐ力を身に着けるほどに、一度は成長してたんだもの。
 娘は、男の子の妹として、成長した。成長したけれど、本当は……
 ああ、うん。違う。これじゃ、ない。
 男の子は、悪路王と名乗り、分裂していた西の鬼を、また、纏めあげた。
 優しかったのにね……あんなに、優しかったのにね。どこで、間違えちゃったのかな。
 東と、戦を、した。
 西を一つにした後は、鬼を一つにするだけだって。
 そして、死んだ。
 戦ではないところで、命を奪われた。
 もうね……娘が、逢いたいと思っても、逢えなくなったんだぞ。
 ……妹としてではなく、一人の女として見てと、願い、想い、焦がれ続けていたのに。
 それを伝える前に、男の子は、死んじゃった」
 昔の、ことだ。
 大きなぶつかり合いには、ならなかった。なる前に、終わった。
 それでも、被害が、出た。
「わかる? 
 ……会いたいときに、会っておくべきなんだよ。
 私は、そう、思うようになった。じゃないと、会えなくなる。二度と、会えなくなる。
 寂しそうなあの子達の顔を見ていたら、無性にね、会わせたくなっちゃった。
 もしかしたら、明日、二度と会えなくなるかもしれない。
 そう、思ったんだ」
「……」
「星熊」
「は、はい」
鬼姫が、ここに来た理由は、それだけだよ。
 そう、それだけ。
 それだけ、なんだよ……」
 星熊は、そっと三人の描いた絵に、目を落とした。
 小鈴の瞳から、狂気の色が消えていた。
「……小鈴殿」
「なぁに?」
「我らの姫君のご友人と、そのお付きの者が来た。そう、ですね」
「……そうだよ」
「朱桜さま、楽しそうです」
「う? う、うん」
「正直な所……ああやってはしゃぐ姿は、あまり見た事がありません。
 朱桜さまは人見知りなさるほうですし、王の娘だということで、鬼の子供達はどうしても遠慮してしまう。
 それに……随分と、大人びていらっしゃいますし」
「そりゃあ、彩花ちゃんの影響でしょ。あの子は、彩花ちゃんを目標としてるんだもの。でも……そっか、あそこの連中は、朱桜ちゃんのこと、『姫様の妹』としか、見てなかったもんね」
「だから、あの子達が来てくれる事は、ありがたい。そう、思います」
「あら、そう」
「だから……次からは、『茨丸』と同じような形にしてほしいです。そうすれば、なんとかなるのではありませんか」
 星熊が、頭を下げた。
「……一応、考えとく」
鈴鹿御前に、そう、お伝え下さい」
「……あんたさ、うちにこない?」
「弟達に、八つ裂きにされます」
「ああ……弟達は、私達を恨んでるのか」
「特に、虎熊が。あれは、友人を死なせています」
「……肝に命じておこっかな。にしても、似てない画だぞ」
 そう言うと、鬼姫は目を、少し細めた。