小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~紅い月夜に(1)~.

 闇の中、むくりと女の子が起きあがった。
「・・・葉子さん、厠・・・」
 隣で寝ている女を起こそうと、女の子は手を伸ばす。その手が止まる。
 女はそれはそれは穏やかな顔で、すーすー寝息をたてていて。
「葉子さん、気持ちよさそうに寝てる・・・」
 どうしようか?
 起こそうか起こすまいか。しばしの逡巡、すぐに決めて。
「や~めよっと」
 一人で立ち上がる。
「少し怖いけど・・・一人で、大丈夫・・・だよね?」
 返事をするものは誰もいない。
 彩花が静かに出ていく。
 葉子は眠り、気付かずに。

「暗い・・・」
 部屋を出て、すぐに立ち止まって。
 闇夜にその目を慣らそうと。
 灯りは月光。それだけで。
「うん」
 おっかなおっかな足を進める。
 暗くて静か。
 一人で夜、それも深夜の寺を歩くのは初めてのこと。
 いつもと違うお寺。
「う!」
 ひゅっという風が、顔を撫でる。
 びくりと女の子が震える。
 目指す場所はまだまだ先。
 そろりそろり、そろりそろりと。
 音をたてないように、ゆっくりと。
 何かが足の先に、「こつり」と当たる。
「ひ!」
 彩花。
「わ!」
 廊下で寝ていた妖。
「ごめんね」
「わ、わ・・・・・・す~」
 妖は一瞬起き、すぐに寝て。
「布団、ないの?」
 彩花、腰を落として妖を見る、妖をなでる。
 妖が気持ちよさそうに笑った、
 ように見えた。
 
 庭に出る。外は肌寒い。
「ちょっと、寒いかな」
 手をこすりあわせ、あったかい息を吹きかける。
 紅い三日月が、そんな彩花を見つめていた。
「赤い・・・綺麗だけど、ちょっと怖い」
 さあ、もうすぐだと厠の方に顔を向ける。
 そのとき、真っ白な何かが視界いっぱいに飛び込んできた。
「?」

「ふむ」
 血が、騒ぐ。何かを、壊したくなる。
 紅い月は、己のうちの獣を惑わす。
 皆はもう寝ているだろうか?
「難儀なもんだな、妖狼族ってのも」
 そうか、一応妖狼族なのか。一族を離れたとしても、追放されたとしても。
 一吼えしたくなった。
 口を開きかけて、やめた。
「まじいだろうな。黒之助がうるせえもんな」
 眠れない。昔から、そうであった。
 月が紅い夜は、眠れなくて。
「!」
 何かが庭に出てきた気配がある。
 太郎の瞳が細くなった。
 ひゅうっと息を吐く。
「かはあ!」
 妖狼が、大きな躯を躍らせ、地面に降り立った。

「太郎さん?」
 妖狼は、返事しない。
「どうしたの?」
 何かに堪えている。
 そういう風に見えた。
 細い瞳。金銀妖瞳。
 いつもの見慣れた姿ではなく、大きな狼の格好。
 苦しそうだった。
 太郎は、苦しそうだった。
「大丈夫?」
 妖狼の顔に、彩花が小さな手を近づける。
 妖狼が、その大きな前足を振り上げた。