小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

趙雲伝2

趙雲劉備配下。子供だけど馬術の達人!
陳到劉備配下。神出鬼没の謎の人。覆面をいつもしており、顔を見た人は・・・・・・
紀霊:袁術軍筆頭武将!
袁術:名門袁家のもう一人の主! 徐州攻めに失敗しました……



陳到お姉さん……一体、どこへ……あの光は?」

 しばらく、闇の中を駈け巡った。

 不意に、光の群れが現れた。

 袁の旗が、そこかしこに翻っていた。

「……袁術軍……こんなところに……あ! まさか陳到お姉さん!」

 趙雲は、馬からこっそりと降りた。

 趙雲の小さな身体にあうようにと関羽が選んでくれた馬だった。

 穏やかな性格の馬だった。

「待ってて……僕、あそこに行ってくる」

 趙雲が馬に背を向け袁術軍の陣に向かおうとする。

 馬がいななく。

 趙雲は、もし僕に何かあったら一人で帰って。

 そう馬に言うとまた歩み始めた。

 その姿が、すーっと消えた。

 陳到に教えて貰った業だった。



「どうすれば、いいんだろう……捕虜の人を集めているところを探せばいいのかな」

 袁術軍は誰も趙雲の侵入に気づかなかった。

 戦で疲れ、ほとんどの者が寝息を立てていたのだ。

 趙雲の業は未熟だった。それでも、十分だった。

「ったくよう。しけてんなあここ。何にもないじゃねえか!」

「あ……」

「あ……」

 男と、あってしまった。誰も通らないようなところで。

 術が解けた。

 趙雲は懐に手を入れた。

 槍を取り出すよりも早く、男の短剣が趙雲の胸に突きつけられる。

「お前、なんなんだ? その術、誰に習った?」

「……」

 逃げられなかった。

「それは、俺の術だ」

 男は、俺の術だと言った。

 男は、不思議な顔をしていた。

 若いのか、年をとっているのかよくわからない。

 見る者によってとりようは違うんじゃないかな。そう思わせる顔をしていた。

 まるで、作り物のようで。

「……あなたは?」

「単福というしがないこそ泥さ。答えな。その忍足、どこで習った?」

 趙雲の使っていた術は、忍足、忍び込むためのやり方だった。

「……陳到お姉さんから」

陳到……なるほど」

 男は、短剣をおろした。

「じゃあ、お前は俺の孫弟子に当たるわけだ」

「孫……弟子?」

「おうよ。俺は陳到……覆面した女だろ」

「うん」

「ガキんちょ、陳到に業をしこんでやったのは俺だからな。といっても終わりのほうだけだけど」

「どういう……こと?」

「それは、陳到に聞け。で、お前はこんなところで何してるんだ? ここはガキの遊び場じゃねえぞ」

陳到お姉さんがいなくなって……それで、僕……」

「あいつ、劉備のところに仕官したんだったな……そうか……じゃあ、あれは……そうだったのかよ……」

「知ってるの!?」

「……ああ、やっかいなところにいるな」

「やっかいな、ところ?」

「この緩み切った軍の中で最もやっかいなところだ。行くか? 命の保証はないぞ?」

「いく!」

「即答かよ……お前の事、気に入ったぜ。行くぞ。ここからそう遠くはない」

「うん!」



「ここは……」

 身体が動かない。縛られている。転がされている。

「そうか……捕まったのか……」

 そうだ、あのとき背中に矢を受けてそのまま気を失って……。

「最悪だ……」

 牢屋ではなかった。誰かの一室のようだ。

 ご丁寧にも傷を治療してくれている。



 誰かが、入ってきた。

「起きていたのか」

「お前は……紀霊……」

「私の名前を知っているのか?」

「当たり前だろう……」

「そうか。さてと、お前は運が良かったな」

「運が……?」

「そうだ。私に見つかって良かったな。他の者……殿はもちろん除くが……が見つけたならお前はどうな
っていたことか。なあ、女」

 陳到は、その言葉にびくりとした。

 心臓の鼓動が早くなる。

「珍しいな。女の身で兵士などと。その覆面もな。見るのは失礼だと思ってとらなかったが」

「別に珍しくないだろう。呂布やその配下の張遼なども女だ……」

呂布、か……」

 紀霊が押し黙る。灯りの火。虫が集まり、ぱちぱちと音を立てる。

「お前は、呂布のことを知っているか?」

「なに……?」

「知っているか?」

 自分が、陳到だとは知らない。

 そう陳到は判断した。どうやら、ただの女兵士だと思っているようだ。

 少し安心した。ばれれば、大変なことになる。

「一応は……噂を聴き、遠くからだが何度か見た事がある……」

「あれは、人か?」

「……どういうことだ……?」

「あんな人間、初めて見た。悪鬼かその類ではないのか?」

「天下の紀霊殿の言葉とは思えないお言葉だな……」

「あれは……そう、まるで」

陳到お姉さん!」

 小さな身体が転がり込んできた。

 よく知っている声、後ろ姿。

 陳到は、息を飲んだ。目を見開いた。

「坊主、何者だ?……それよりも、今陳到と言ったな?」

 紀霊が、三尖刀を構える。

趙雲! 何故ここに!」

陳到お姉さんは僕が守るんだ!」

「ちょう……うん……」

 目が、熱い。なんだこれはと陳到は思った。

 ふっと、紀霊の身体から力が抜けた。珍しいものをみるかのように趙雲の顔をまじまじと見た。

「いい目をしているな。懐かしい……二対一、いや三体一では分が悪いな」

「三対一、だと……」

「よう、陳到

 身体を縛っているものが解かれた。

 その声も、よく知っている声だった。

「お師さん……」

「積もる話はまた今度な。さてと、どうする紀霊さん?」

 

 単福の短剣が紀霊の胸を狙っている。
 逃げるのは難しい。陳到が、立ち上がった。



「どうしてほしい?」

「僕たちを、逃がして!」

 紀霊の右目の刀傷がぴくりと動いた。

「いいだろう」

「なんだと……」

「とっとと消えろ」

「へえ、話の分かる御仁だねえ」

 単福がその姿を消した。

 陳到趙雲も、少しずつ後ずさりすると姿を消した。

 一人、紀霊だけが残った。

「ふん……殿だけではなく私も甘いな」

 ふふっと笑った。一瞬だけだが。
 
 次はないと、つぶやいた。




趙雲!」

 袁術軍から離れ、趙雲の馬の所に戻ると、陳到趙雲の赤いほっぺたを叩いた。

 趙雲は何が起こったのか分からなかった。

陳到……お姉さん……」

 ほっぺたをおさえる。何かが、趙雲の中で切れた。ぐすんぐすんと泣き始めた。

「あ~あ、泣かした」

「お師さん……」

「お~お、きつく睨むなって。俺のおかげで助かったんだぜ?」

「それは、感謝しています……」

「ふん。元気でな、馬鹿弟子」

 単福の姿が闇に消える。

 みるみる闇に消える。

 二人っきりになった。

趙雲……」

 陳到が膝をつき、泣きじゃくる趙雲に顔を合わせる。

「どうして、こんな危険な真似を……?」

「だって、陳到お姉さんが……ぐす……」

「お前が死んだら、どうしようもないだろう?」

「でも……」

「ありがとう……趙雲……」

 趙雲の小さな身体を、陳到が抱き寄せた。

 冷たい風が、二人に囁く。

「帰ろうか……劉備様が待ってる……」

「はい!」

 

趙雲、大丈夫かなあ?」

「長兄、いくらなんでも無謀すぎではございませんか?」

張飛、関さん。おいらの第六感が行かせろって言ったんだ……ほらね」

趙雲!」

陳到!」

「よう、お帰り。お疲れ、お二人さん!」