小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫~蟲火(2)~

 妖達が居間に車座になっている。
 古寺の妖のほとんど――頭領を除いて――がそこにいた。
 銀狐の葉子、烏天狗の黒之助は半人半妖の姿。
 銀色尻尾に銀色お耳、黒い羽根。
 困惑した表情を浮かべていた。
 妖狼太郎は、興味なしと、部屋の隅っこで尻尾を見せて。
 こちらは、狼の格好。小さめ、である。
 そして、姫様。
 男の子の横に、座っていた。
 題目は――この不可思議な男の子について、である。
「で、この子誰よ?」
 葉子がいった。
 妖達がぶんぶんと左右に首を振る。
「だーれも、知らないの?」
 今度は、首を縦に振った。
 誰にも気付かれずに、いつの間にか古寺にやってきたのだ。
「ねえ、名前は? どこから来たの? どうして、ここに来たの?」
 姫様がいった。 
 男の子は、何も答えない。
 にこにこしながら、姫様を見上げている。
「ちょっとあんた……笑ってないでさぁ、姫様の質問に答えなよ」
 葉子がちょっぴりきつい口調で。
 男の子が怯え、姫様の藍色の袖をぎゅっと掴んだ。
「葉子さん……めっ」
「なによ……だって、ねえ?」
「いや、拙者に言われてもだな……はあ、頭領がいないときにわざわざ……」
 黒之助が頭を抑え溜息をついた。
 羽根が、はさはさと動いた。
 後ろの妖が、「見えないよー」と文句を。
 また、溜息をついた。
「めんどくせえなぁ……」
 妖狼が、いった。
 ひょこひょこ妖達をかき分け、姫様に近づいた。
 男の子の前にどかっと座ると、かっと口を開いた。
「お前、名前は?」
「なまえ……?」
 男の子が、口を開いた。
 あれ、っと葉子や妖達が。
「そう、名前だ」
「なまえ……」
 顔を、下に向けた。
「……名前、ないの?」
 姫様がいった。
 うん、と答えた。
 そうなんだと、姫様が男の子の頭を撫でた。
「……頭領は、一週間いないんだろ?」
「ああ」
 黒之助が答える。  
「で、こいつのことはさっぱり分からないと」
「だよね」
 葉子が答える。
「……お前は、どうしたいんだ?」
「……?」
「いや、だからだな」
「……太郎さん」
 不意に、妖狼の名を呼んだ。
 妖狼の白い腕を掴んだ。
「お、おお?」
「……」
「なんだよ、それで終わりかよ」
「ねえ、あんた妖なの?」
 葉子がいった。
 そもそも、それすら、わかっていないのだ。
 人では、ない。
 と、思う。
 それは、姫様と確認した。
「妖?」
 さぁ? っと。
 むきーと葉子が床を叩いた。
 周りの妖達がちょっとひく。
「姫様、どうします?」
 と、妖狼が訊いた。
 頭領不在の古寺で一番偉いのは、黒烏の黒之助でも九尾の銀狐葉子でも金銀妖瞳の妖狼太郎でもなく、姫様、なのだ。
 頭領がいても、かもしれないけど。
「そうですね……しばらく、ここで預かりましょうか」
「大丈夫、なのでしょうか?」
「大丈夫、だと思いますよ」
 姫様が、そう微笑んだ。
「……うーん」
 姫様がそう言うなら、それでいっか。
 特に、害はなさそうだし。
 なにか、――なにかあれば、今頃とっちめてる。
「あんた達は? なにか意見ある?」
「ないない」
「ないよー」
「姫様に賛ー成」
 妖達が口々に。不毛な話に、もう、飽きてきたのだ。
「あんた達は、そういうよねぇ。じゃあ、しばらくここに置いておこうか。えっと……名前わかんないのか」
「まだないという事もあるがな」
 黒之助が、口を挟んだ。
 名がない妖は、少なくはなくて。
 古寺の妖達も、ほとんど名を持っていなかった。
「うーん、不便だし、仮の名前、決めちゃっおか。えっと……」
「太郎」
 男の子が、いった。
「いや、それは俺の名前だ」
 腕を掴まれ黙っていた太郎がいった。
「太郎」
 もう一度、いう。
「いや、だからな……きけよ、おい」
 くくっと黒之助が笑った。
 太郎が、横目で黒之助を睨む。
「太郎」
「お前……はぁ」
 いっても無駄か。また、黒之助が笑った。
「……小太郎」
 ぽんと手を打つと、姫様がいった。
 どう? っと男の子に訊いた。
「小太郎?」
「ああ、いいんじゃない、それで」
「太郎という名を、気に入っているみたいだしなぁ」
 理由は、全然わからんが。
「太郎さん、名前借りるけど、いいよね?」
「……別にいいけど……」
 小太郎、ねぇ……いいけど、さぁ……
「みなさん、しばらくこの子の事、宜しくお願いしますね」
 はーいと、妖達が返事した。
 男の子も、はーいと。
 それから、皆、ばらばらと自分の好きなように。
 日向ぼっこの続きをするもの。
 自分の寝場所に戻る者。
 きんきんと遊びの続きをする者。
 やっぱり、居間に残る妖が多かった。
 縁側に、二人。
 黒之助と葉子は、そこで足をぶらぶらさせていた。
「で、どう思うクロちゃん?」
「さあて。妖か、神か、精か。まだ、わからんな。なんにせよ、存在が希薄過ぎる」
「やっぱり? 薄いんだよね、あの子。そういう妖、いたっけ?」
「聞いた事ないなぁ」
 陽を、見上げた。
「人の姿ってのも、気になるけど……まさか、霊?」
 黒之助が、妖狼の上に乗っている小太郎を見た。
 目を、凝らす。
 首を横に振った。
「それもなかろう。もし、そうだったら」
「……姫様が、気づくだろうねぇ。頭領が帰ってくるまで、正体不明、か」
「……問題ないだろう。しかし、これはいいな」
 黒之助が忍び笑いを。葉子が、怪訝そうな顔を。
「なにが?」
「怒るに、怒れないらしい」
「あ……みたいだね」
 小太郎が、太郎の耳を思いっきり引っ張っていた。
 むすっとした妖狼。姫様が、まあまあと。
 妖狼が、二人に気付いた。
「こっち見てる」
「見てるな」
「……遊んでこよっと」
 葉子が、立ち上がって姫様のところへ。
 好きだねぇっと。
 そして、
「おや?」
 と言った。
 葉子が近づくと、小太郎は一瞬怯えを見せたのだ。
 それから、太郎にぎゅっとしがみついた。
「人見知りするたちなのかな……」
  


「えっと……私これから夕ご飯食べるけど、小太郎君は? 食べる?」
 男の子は、白い狼の太い首の上で、首を横に。
 そうっというと、姫様が台所へ。
 黒之助も一緒にいく。
 今日は、黒之助が当番、なので。
「ちょっと、太郎。この子あたしのこと嫌いなの?」
 しくしくと葉子が。
 まだ、口もきいてもらえないのだ。
「小太郎、どうなんだ?」
「……」
 ささっと、太郎の背中に隠れた。
「姫様はいいとして、なんで太郎さんにこんなに?」
「変なのー」
「だよね、だよね」
 妖達も、まだ、口をきいてもらえなくて。
 今も遠巻きに見ているだけ。
 近づくと、男の子はささっと逃げてしまう。
「あれか、太郎殿の隠し子か」
「なるほど!」
「それなら納得でない?」
 妖達の話に、ぶっと、太郎が噴出した。
「そ、そんなわけあるかぁ!」
「むきになるのが怪しいですな」
「うむうむ」
「……太郎」
 何も言わないでと葉子が。
 他人には言えない過去の一つや二つ、誰にだってあるさと。
「……だからな」
 心底うんざりした表情。
「うん、冗談」
 にぃっと、笑った。
 ここいらでやめておかないと、怒っちゃうと判断したのだ。
「あんまり、似てないしね」
「……太郎さん」
 小太郎がいった。
「なんだ? つうかいつまで俺に乗っている気だ?」
 ぱんぱんと、小太郎が妖狼の頭を叩いた。
 まだ、乗っかっているようで。
 はあっと溜息をつくと、ぺちょっと床に。
「仲良し、ですね」
 姫様がお膳を持って戻ってきた。
 妖狼と男の子を見て、そう言った。
 料理を零さないようにそっと置く。
 小太郎が太郎から離れると、姫様の持ってきたお膳を覗き込む。
 やれやれと妖狼が。ご苦労さんと葉子が。
 妖達が、集まり出す。
 姫様のお食事。集まってわいわい。
「食べる?」
 魚の煮付けを箸で掴むと、小太郎に。
 首を左右に振った。そして、お茶をじっと見た。
「お茶? 欲しいの?」
 これも、首を横に。
「じゃあ……」
「お水」
「水?」
「水」
「水……」
「水ねえ……そんじゃあ、俺汲んでくる」
 太郎がそういうと、庭に出て、裏の井戸に。
 姫様、葉子、黒之助、妖達、しばし呆然。
「え、ちょっと……太郎が自分から進んで仕事したよ」
「……この子のために? むう、明日は雨だな」
 非道い言われよう、である。
 姫様が、お茶を飲んで、一服すると、
「……珍しいですね」
 といった。
「やっぱり、あれか、あれだったのか」
「きっとそうだよ」
「あれに、間違いないね」
 妖達が、さっきの話の続きを始める。
 「あれって何?」と姫様が尋ねた。
「さっきね、小太郎が太郎さんの隠し子だって話してたの」
「してたの」
「した」
「……それは……」
 姫様が苦笑する。小太郎をみる。
 また、苦笑いを浮かべた。
「よ、水汲んできたぞ」
 視線が、渦中の人に一斉に集まった。
「ああ?」
 露骨に機嫌が悪くなる妖狼。顔に出さなかっただけで元々あまりよくなかったのだが。
 皆、そんな太郎から視線をそらした。
 姫様と小太郎以外。
「太郎さん、隠してることない?」
「……はあ?」
「隠してる事……ない?」
 桶を小太郎の前に置くと、妖狼がとんと座った。
「そうだな……いや、ないぞ。特に隠してる子供なんて」
 ぎりぎりと歯ぎしりをした。
 ひゅーっと、葉子が口笛を吹いた。
「水」
 手ですくい、透明な水を飲む。
 小太郎が、
「ありがとう」
 といった。
「ふん、感謝しろ」
「うん」
 こくこくと、飲む。こくこくと、こくこくと。
 あれ? っと皆が。
 桶を持ち上げる。持ち上げ傾け、こくこくと。
 それを、置いた。中身は空っぽ。
 全部、小太郎が飲んでしまった。
 桶いっぱいの水を。
「おいしい」
「……そ、そう」
 目をまあるくする古寺の住人。
 新しい住人は、それを見てにこにこ笑っていた。