小説置き場2

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あやかし姫~迷いの森(1)~

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「あんまり、ないねえ」
「そうですね……」
 枯れ葉が、積もる。落ち葉が、積もる。
 積もって、積もって、朽ちていく。
 肌寒い日。ともすれば、白い息がその目に映る。
 秋の終わり。
 夕日が色濃く、空を染める。
「もう、おしまいにしようか、朱桜ちゃん、沙羅ちゃん」
 姫様が、いった。
「そ、そうだね」
 河童の子が、頷く。
 少女の姿にお皿と甲羅。沙羅の姿は、どこから見ても妖のもので。
 銀狐葉子や烏天狗の黒之助と違い、彼女の変化はまだ完全ではなかった。
「や!」
 鬼の娘が、その小さな身体を震わせる。
 彼女も、人の姿。いや、朱桜にはまだ妖の印がなにもないのだ。
 姫様が、少し困ったような表情を。
 それを見て、朱桜は「あ……」っと息を吐き、寂しげに、
「で、でも……彩花さまがそう言うなら……」
 といった。
 姫様が、微笑む。それから、朱桜にその目線を合わせると、
「もう少し、やる?」
 優しく、いった。
 そして、そのおでこをぴとっと朱桜にくっつけた。
「うん!」
「そう……じゃあ、もう少し頑張ろうか」
「はいさね」
 葉子が、笑う。
「は、はーい」
 沙羅が、頷く。
 今日は古寺の住人総出で、山々を散策。
 目的は――
 秋の味覚探し。
 随分と寒くなって、冬も近くなって、日の光が短くなって。
 それでも、
「いきたい」
 朱桜が、いったのだ。「やりたい」と。
 太郎や黒之助は、あまり良い反応を示さなかった。
 もう、遅いと思ったのだ。
 それでも、
「ま、なにかあるじゃろ」
 頭領がそういい、
「それも、いいかもしれませんね」
 姫様が、そう、いった。 
 沙羅も誘うと、それは朝から始まった。
「ちょっと、寂しいもんね」
 姫様が、竹籠を揺らす。
 あまり大きくないそれは、まだ三分の一も埋まっていない。
 中身も、押し花にしようと拾った綺麗な落ち葉がほとんどで。
 良く熟れた柿が一つ、落ち葉の群れにぽつんと鎮座していた。
「そうは言っても、ないもんはしょうがないからねぇ」
 葉子が、いった。
 朱桜は聞こえないふりをして、落ち葉をがさごそ。
 沙羅も、ささっと木に登って、何か実がなっていないかと。
「……あん?」
 葉子が、眉をひそめる。
 なにか、物音がした。
 そっと耳を澄ます。姫様も、耳を澄ます。
 沙羅と朱桜は、まだ、探していて。
 二人は、気付いていない。二人が、気付いていた。
「喧嘩?」
 姫様が、ぽつんといった。
「だね」
 葉子が答える。
「ちょっと、馬鹿ちんとめてくる」
「お願いします」
 礼儀正しく、ちょこんとお辞儀。
 それを見て、「うん」というと、葉子はその場を離れようと。
 そして、急にぴたっと足を止めると振り返り、姫様に、
「姫様、ちゃんとここにいてね」
 心配そうに、そういった。
「はいはい」
 ほっと一息吐くと、
「そんじゃあ」
 葉子が、だっと走り去る。
 落ち葉が、銀狐の勢いに巻き上がり、またひらひらと落ちてゆく。
 姫様の長い髪が、生きているかのように大きく広がった。
 ゆらっと、影が大きくなる。
 そして、また、小さくなる。
 少し乱れた髪を、手で押さえて元に戻すと、姫様、膝を押さえ座り込んだ朱桜の横にいく。
 朱桜の手は止まっていた。
 朱桜は、
「なんにもない」
 誰にともなく、そういった。
「そう……やっぱり、遅すぎたのかな」
 秋の味覚。もう少し、早かったら。
 姫様が、そういったときだった。
 かちっと、音がした。
 少し、視界が揺らいだ気がした。
 姫様が不思議そうに空を見上げる。目を、何度も瞬かせる。
「なんの、音? なに、今の?」
「え?」
「さ、彩花ちゃん?」
「聞こえなかった? 見えなかった?」
 二人とも、首を縦にする。
 空耳? 
 沙羅はそう言おうとして、姫様の真剣な眼差しに気圧されなにも言えなくなった。
「おかしい……」
 何かが、違う。
 なに?
 なにが?
「違う!」
 姫様が叫んだ。
「彩花さま、どうしたの?」
「こっちに来て! 早く!」
「え?」
「早く!」
「う、うん!」
「手を、手を出して!」
 姫様が、二人の手をつなぐ。ぎゅっと、痛いぐらいに。
 視界が、揺らいだ。波をうった。
 三人の、視界が。
 そして、世界が変わった。今までいた場所と、景色が変わった。
 さっきまで沙羅が登っていた木も、朱桜が座り込んでいた場所も、消えていた。
 二人が、面食らう。目を大きくする。
 なに?
 これは?
 二人の手を、姫様が離す。沙羅と朱桜が、不安気に姫様をみた。
 厳しかった姫様の貌が、少し和らいだ。
「これは……迷っちゃったね」
「へ?」
「あ、あの、彩花ちゃん?」
「沙羅ちゃん、朱桜ちゃん、迷いの森に入っちゃったみたい」
 二人とも、返事しなかった。
 姫様の言っている事が、よくわからなかったのだ。
「ああ……」
 ごめん、今、説明するね。
「迷いの森。ちょっとした、結界。形があってない空間。ようは、迷路だね。よく、力のない妖狸が用いる術だよ。これは……ちょっと幼いように感じるけど」
「迷路……」
「はあ……」
「どうやら、そこに入っちゃったみたい」
 うーんと、二人、右に首を傾げる。
 二人、今度は反対に首を傾げる。
 沙羅が、ぽんと手を打った。
 朱桜は大きな声で、
「それって、出られないんじゃあ!」
「かもね」
 姫様は平然といった。薄気味悪いぐらいに、落ち着いていた。
「かもねって……」
「とにかく、出口を探さないと」
「どうやって?」
 姫様が、すーっとその細い指で線を描く仕草をした。
「ああ、多分、この妖気の流れを……って、見える?」
「み、見えないよ」
「同じくです」
「そっか……私についてきてくれれば、大丈夫だと思うよ」
「本当に……?」
「多分。前は、そうやって抜けられたから」
 だから姫様落ち着いていた。
 以前、一度だけ迷いの森に入り込んだことがあったのだ。
 その時も同じように、この妖気の流れを辿っていったのだ。
 でも、二人は違う。
 姫様とは、違う。
「彩花ちゃん……」
 沙羅が、泣き出していた。
 姫様が、沙羅を優しく抱き締める。
 そして、
 大丈夫だよ、って。
 こんなの、なんともないよ、って。
 そう、朱桜にも言い聞かせるように、優しく、囁いた。
「沙羅ちゃん、泣かないで。朱桜ちゃん、こんなの、なんともないよ。頭領や太郎さんもどこかにいるし、大丈夫だよ。いざとなったら」
「いざとなったら?」
「……これを作った狸さんには悪いけど、迷いの森、無理矢理壊してしまえばいいもの」
 紅を差した唇の両端をにぃっと釣り上げて、そういった。