学園あやかし姫の五!
トリックオアトリート!
なんとも憂鬱な響きであった。
カボチャお化けに彩られた通学路を、火羅は俯き加減に歩いていた。
この街は季節の催し物が好きだ。
学園もそうである。
沙羅は河童の格好をするのだと嬉しそうに言っていた。咲夜は狼女だがおーんと言っていた。
彩花は天使の格好を、姉が用意してくれるのだと言っていた。
ガラスに映るいつもの格好の自分をしげしげと見て、火羅は溜息を吐いた。
妹である赤麗の衣装は用意できた。
手作りだ。
手先はあいにくと器用でなく、あんまり出来は良くないように思えたが、赤麗は凄いと喜んでくれた。
身体が弱く病がちで学園をしばしば休んでしまう妹が目を輝かせてくれる様は、素直に嬉しかった。
でも、そこまでだった。
自分の分は用意できなかった。
赤麗が入院したため、忙しくて手が回らなかったのだ。
「とっりくおあとりーと……」
みんなと一緒に楽しみたかったけど、残念ながらできそうもない。
「とりっくおあとりーと……」
お菓子も自分の分は用意できなかった。
赤麗には持たせた。
せっかくお祭りの日に学園に行けるのだ。
できるだけのことをしてあげたかった。
「とりっくおあ、」
「なによ、さっきからうるさい! お菓子は持ってないわよ!」
振り返りもせず、大きな声をあげた。
「むぅ……じゃあ、悪戯じゃのぉ」
聞き覚えのある声であった。
かぷ――
「……え」
むきゃあ!!!
「ちょ、ちょっ、ちょっと!?」
「トリック、オア、トリート? くく、そなた、耳が弱いのじゃな」
西洋の、ゴシック調の、これはきっと、吸血鬼という奴で。
蒼白い肌をした男装の乙女は、なんとも艶やかに屹立していた。
日傘をくるくると廻し、にやにやと牙を生やして笑っている。
へたんと腰を落とした火羅は、あ、あ、と指さし、
「なにするの!?」
そう、どぎまぎしながら叫んだ。
「菓子をくれないからじゃ」
火羅の親友である彩花の双子の姉、彩華が、事も無げに言う。
それもそうかと納得――しなかった。
「貴方、やっていい事と悪い事が!」
「ほぉ……では、接吻がよかったのかな?」
「接吻……せっぷん、キス、口づけ、いやいやいや!」
「我が侭じゃな、彩花に嫌われるぞ。ふふ、妾の言葉なら信ずるからな。そう、そなたに手荒な真似を受けたと言えば、それはもう」
くつ、くつ、くつ――可笑しそうに、嗤う。
火羅は、ぞっとした。
「そ、それは……」
「まぁ、そんなことせぬがな。彩花に嘘をつきとうない。大体そんな話、いくら妾の言葉でも信じるものかよ。そんな与太話を信じられるような相手と、彩花はつき合わぬ」
「う、うん……」
「で、なにをしておる?」
「は?」
「なにをしておるのだと、聞いておるのじゃ」
「なにって、今、学園に……彩華さんこそ、なにを」
「そなたの格好を見に来たのじゃが」
彩華が首を捻った。
本気なのか嘘なのか、火羅にはわからなかった。
とにかく、一人で、火羅の通学路にいたことは間違いない。
彩花のお屋敷は、火羅の借家と離れている。
学園の敷地内にあるのだ。もしかしたら、学園が敷地内にあるのかもしれない。
「それは……いつもと同じではないか」
「悪い?」
「別に、悪くはないが」
「なによ、うちにそんな余裕はないの! 赤麗で精一杯よ!」
「……」
「私だってやってみたかったわ! 彩花さん達と楽しみたかったわよ! でも、そんな時間も予算もないのよ!」
「……そうか、やはり、やりたいのか」
彩華の目がきらりと光った。
苦笑とも取れる、曖昧な笑みを浮かべた。
「どうせ、そんなことであろうと思っておったよ。赤麗から大体の話は聞いておる。お主らしいとは思ったがなぁ」
ぱちんと指を鳴らす。
道端に棺桶が立て掛けられていた。
さっきあったっけと、火羅は首を傾げた。
嫌な予感がした。悪寒、というのであろうか。
ずずずと、棺桶の蓋が開いた。
中から白い霧が溢れた。
思わず火羅は、彩華にしがみついていた。
九つの尾をくねらせる、チャイナ服着た妙齢の美女が、棺桶から現れる。
とん、とんと、頭を撫でられた。彩華の手だ。怖がるな――そう、優しく囁かれた。
恐る恐る、目を開いた。
「うー、彩華様、さすがに棺桶の中は暑いさねぇ」
彩華の屋敷のメイド長である、葉子だ。
多分、九尾の狐の仮装なのだろう。頭のカチューシャが、いつものひらひらでなく、獣耳になっている。
色々と、着衣が乱れていた。
ささっと整えている。
人の目は、気になるらしい。
「特務機関イスカリオテ所属人斬り銀狐の葉子、推参さよ、なんちてね」
尾がうねっている。一本一本が人の胴ほどある尾は、棺桶に収まりそうになかった。
「うむ、中は暑いよなぁ。妾もやってみたが、秒で死んだわ」
「あはは、冗談にもなりませんねぇ」
「棺桶で死ぬと、手間が掛からぬ」
とりあえず、我に返った火羅は、彩華から腕を放した。
「……えっと、あの、私、そろそろ学園に行ってもいいかしら? 遅刻しそうなんだけど」
「手が震えておるぞ」
恐かったんだもんと火羅は言いたかった。
絶対に馬鹿にされるから、バレバレであろうと口にはしなかった。
「さてと……どれがいい?」
「は?」
ささっと葉子が棺桶の中から取りだしたものを手早く並べた。
火羅は目が点になった。
だから、どう考えても、一つの棺桶に収まりそうにない量だった。
「どれじゃ?」
東西南北、選り取り見取りの衣装が目の前に並べられている。
なんとも煌びやかだ。
ぽかんとして、彩華の顔を見やった。
「好きなのを選べ。早くな。遅刻するぞ」
「え、でも……」
「まぁ、知っての通り、これは妾の趣味じゃからな。遠慮することはない。彩花も楽しみにしていたのでな」
「う、うん……」
彩華の心遣いが素直に嬉しかった。
衣装には持ち主のセンスが濃く出ていた。
その中で一つ、これはというのがあった。
赤い、衣装だ。出来が、拙い。でも、なんとも言えぬ良さがあった。
露出もあまり激しくない。
火羅は、それを手にし、これが良いと言った。赤麗が着ていったのと、同じ形に、同じ色というのも、良かった。
「……素晴らしい」
ぱんぱんと、彩華が手を叩いた。
「本当に、素晴らしい」
嬉しげだった。
「な、なにが?」
「それは、赤麗と妾が作った物よ」
「……は?」
「病院で暇そうにしていたのでな。誘ったのよ。一緒に作らないかと」
二人は、同じ病院の入院友達だ。
今回も入院時期が重なっていた。
そして、赤麗が先に退院できた。
「そうだったの……」
「葉子」
「アイアイサー」
「火羅、妾の分も楽しんでくれや。妾はすぐに、病院に戻らなければいけないでな」
彩華が、寂しそうに笑った。
「え、それって……」
彩華が退院したとは聞いていないことを思い出した。
「お嬢様、無理言いましてねぇ。一度言い出すと、我が侭を引っ込めない方ですから」
「ふん」
「トリックオアトリート!」
「トリックオアトリート?」
揃いの赤いマントに、揃いの赤い頭巾をつけた、女の子と少女が尋ねる。
ぱたんと本を閉じると、
「トリックオアトリート?」
そう、蒼白い肌をした少女が言った。
なんとも憂鬱な響きであった。
カボチャお化けに彩られた通学路を、火羅は俯き加減に歩いていた。
この街は季節の催し物が好きだ。
学園もそうである。
沙羅は河童の格好をするのだと嬉しそうに言っていた。咲夜は狼女だがおーんと言っていた。
彩花は天使の格好を、姉が用意してくれるのだと言っていた。
ガラスに映るいつもの格好の自分をしげしげと見て、火羅は溜息を吐いた。
妹である赤麗の衣装は用意できた。
手作りだ。
手先はあいにくと器用でなく、あんまり出来は良くないように思えたが、赤麗は凄いと喜んでくれた。
身体が弱く病がちで学園をしばしば休んでしまう妹が目を輝かせてくれる様は、素直に嬉しかった。
でも、そこまでだった。
自分の分は用意できなかった。
赤麗が入院したため、忙しくて手が回らなかったのだ。
「とっりくおあとりーと……」
みんなと一緒に楽しみたかったけど、残念ながらできそうもない。
「とりっくおあとりーと……」
お菓子も自分の分は用意できなかった。
赤麗には持たせた。
せっかくお祭りの日に学園に行けるのだ。
できるだけのことをしてあげたかった。
「とりっくおあ、」
「なによ、さっきからうるさい! お菓子は持ってないわよ!」
振り返りもせず、大きな声をあげた。
「むぅ……じゃあ、悪戯じゃのぉ」
聞き覚えのある声であった。
かぷ――
「……え」
むきゃあ!!!
「ちょ、ちょっ、ちょっと!?」
「トリック、オア、トリート? くく、そなた、耳が弱いのじゃな」
西洋の、ゴシック調の、これはきっと、吸血鬼という奴で。
蒼白い肌をした男装の乙女は、なんとも艶やかに屹立していた。
日傘をくるくると廻し、にやにやと牙を生やして笑っている。
へたんと腰を落とした火羅は、あ、あ、と指さし、
「なにするの!?」
そう、どぎまぎしながら叫んだ。
「菓子をくれないからじゃ」
火羅の親友である彩花の双子の姉、彩華が、事も無げに言う。
それもそうかと納得――しなかった。
「貴方、やっていい事と悪い事が!」
「ほぉ……では、接吻がよかったのかな?」
「接吻……せっぷん、キス、口づけ、いやいやいや!」
「我が侭じゃな、彩花に嫌われるぞ。ふふ、妾の言葉なら信ずるからな。そう、そなたに手荒な真似を受けたと言えば、それはもう」
くつ、くつ、くつ――可笑しそうに、嗤う。
火羅は、ぞっとした。
「そ、それは……」
「まぁ、そんなことせぬがな。彩花に嘘をつきとうない。大体そんな話、いくら妾の言葉でも信じるものかよ。そんな与太話を信じられるような相手と、彩花はつき合わぬ」
「う、うん……」
「で、なにをしておる?」
「は?」
「なにをしておるのだと、聞いておるのじゃ」
「なにって、今、学園に……彩華さんこそ、なにを」
「そなたの格好を見に来たのじゃが」
彩華が首を捻った。
本気なのか嘘なのか、火羅にはわからなかった。
とにかく、一人で、火羅の通学路にいたことは間違いない。
彩花のお屋敷は、火羅の借家と離れている。
学園の敷地内にあるのだ。もしかしたら、学園が敷地内にあるのかもしれない。
「それは……いつもと同じではないか」
「悪い?」
「別に、悪くはないが」
「なによ、うちにそんな余裕はないの! 赤麗で精一杯よ!」
「……」
「私だってやってみたかったわ! 彩花さん達と楽しみたかったわよ! でも、そんな時間も予算もないのよ!」
「……そうか、やはり、やりたいのか」
彩華の目がきらりと光った。
苦笑とも取れる、曖昧な笑みを浮かべた。
「どうせ、そんなことであろうと思っておったよ。赤麗から大体の話は聞いておる。お主らしいとは思ったがなぁ」
ぱちんと指を鳴らす。
道端に棺桶が立て掛けられていた。
さっきあったっけと、火羅は首を傾げた。
嫌な予感がした。悪寒、というのであろうか。
ずずずと、棺桶の蓋が開いた。
中から白い霧が溢れた。
思わず火羅は、彩華にしがみついていた。
九つの尾をくねらせる、チャイナ服着た妙齢の美女が、棺桶から現れる。
とん、とんと、頭を撫でられた。彩華の手だ。怖がるな――そう、優しく囁かれた。
恐る恐る、目を開いた。
「うー、彩華様、さすがに棺桶の中は暑いさねぇ」
彩華の屋敷のメイド長である、葉子だ。
多分、九尾の狐の仮装なのだろう。頭のカチューシャが、いつものひらひらでなく、獣耳になっている。
色々と、着衣が乱れていた。
ささっと整えている。
人の目は、気になるらしい。
「特務機関イスカリオテ所属人斬り銀狐の葉子、推参さよ、なんちてね」
尾がうねっている。一本一本が人の胴ほどある尾は、棺桶に収まりそうになかった。
「うむ、中は暑いよなぁ。妾もやってみたが、秒で死んだわ」
「あはは、冗談にもなりませんねぇ」
「棺桶で死ぬと、手間が掛からぬ」
とりあえず、我に返った火羅は、彩華から腕を放した。
「……えっと、あの、私、そろそろ学園に行ってもいいかしら? 遅刻しそうなんだけど」
「手が震えておるぞ」
恐かったんだもんと火羅は言いたかった。
絶対に馬鹿にされるから、バレバレであろうと口にはしなかった。
「さてと……どれがいい?」
「は?」
ささっと葉子が棺桶の中から取りだしたものを手早く並べた。
火羅は目が点になった。
だから、どう考えても、一つの棺桶に収まりそうにない量だった。
「どれじゃ?」
東西南北、選り取り見取りの衣装が目の前に並べられている。
なんとも煌びやかだ。
ぽかんとして、彩華の顔を見やった。
「好きなのを選べ。早くな。遅刻するぞ」
「え、でも……」
「まぁ、知っての通り、これは妾の趣味じゃからな。遠慮することはない。彩花も楽しみにしていたのでな」
「う、うん……」
彩華の心遣いが素直に嬉しかった。
衣装には持ち主のセンスが濃く出ていた。
その中で一つ、これはというのがあった。
赤い、衣装だ。出来が、拙い。でも、なんとも言えぬ良さがあった。
露出もあまり激しくない。
火羅は、それを手にし、これが良いと言った。赤麗が着ていったのと、同じ形に、同じ色というのも、良かった。
「……素晴らしい」
ぱんぱんと、彩華が手を叩いた。
「本当に、素晴らしい」
嬉しげだった。
「な、なにが?」
「それは、赤麗と妾が作った物よ」
「……は?」
「病院で暇そうにしていたのでな。誘ったのよ。一緒に作らないかと」
二人は、同じ病院の入院友達だ。
今回も入院時期が重なっていた。
そして、赤麗が先に退院できた。
「そうだったの……」
「葉子」
「アイアイサー」
「火羅、妾の分も楽しんでくれや。妾はすぐに、病院に戻らなければいけないでな」
彩華が、寂しそうに笑った。
「え、それって……」
彩華が退院したとは聞いていないことを思い出した。
「お嬢様、無理言いましてねぇ。一度言い出すと、我が侭を引っ込めない方ですから」
「ふん」
「トリックオアトリート!」
「トリックオアトリート?」
揃いの赤いマントに、揃いの赤い頭巾をつけた、女の子と少女が尋ねる。
ぱたんと本を閉じると、
「トリックオアトリート?」
そう、蒼白い肌をした少女が言った。