小説置き場2

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小説-あやかし姫-第七話~4~

「そんな話、聞いたことないぞ」
「そうだろうな」
「詳しく聞かせてもらいたいな」
「聞きたいか?」
「ああ、ぜひ」
 今話しているのは頭領と茨木のみ。他の妖達は、ただただ息を飲むばかり。
「相手は人間の女でな、没落貴族の娘だった」
「・・・・・・」
「病弱で透き通るような白い女。美しく優しく・・・・・・、それでいて、強い芯を持っていたそうだ」
「・・・・・・そうだ?」
「こいつは兄からの受け売りなんでな。それで、兄は一目惚れしたんだと」
 はは、と笑う。あの女たらしで有名な兄が。
「兄は珍しい宝や大金を持ってちょくちょく隠れて訪れていたそうだ。俺と違って妖気を隠すのがうまいからな。どこぞの貴族だと思われていたそうだ」
「・・・・・・」
「だが、女は宝も大金も受け取らなかったそうだ。生活に必要な分だけでいい、とな」
 欲のないところに、また惹かれた。
「・・・・・・」
「三ヶ月ほどして兄は自分の正体を教えたそうだ。自分が鬼だと。それも酒呑童子、鬼の王だと。兄は女の純粋な目に見つめられている内に、自分が鬼の姿を隠して会っているのが心苦しくなってきたそうだ」
 女になにか気に病むことでもあるのかと聞かれ、兄は困った。
 正体を教えれば、必ず自分を恐れる。
 何度も何度も聞かれ、観念して正体を教えた。
 これでこの女とは終わったと思った。
 女はそれを聞いて、信じられない、鬼の姿を、と言った。兄は女の言うとおりにした。
「女はその姿を見て、綺麗、といったそうだ」
 兄は鬼の姿でそのようなことを人間に言われたことはなかった。
 醜い、恐ろしい。
 そのような声は散々投げかけられた。
 綺麗。
 その言葉は兄の心をうった。
 そして、兄は泣いた。
 女の前で、大きな鬼は子供のように、ただ泣いた。
 この世に生をうけて、初めてだった。赤子のときでも、泣いたことがないという兄だった。
「兄は何度もそこを訪れ、女は何度も優しく迎えた。そして、この子が生まれた」
 だが、女の病弱な身体は出産に耐えきれなかった。この子を生んでしばらくして亡くなった。
「・・・・・・」
「兄はその身体では子供は無理だといったそうだ。でも、女は無理にでもと子をほしがった。自分の命の残りがわかっていたのかもな」
「・・・・・・」
「女が死んで、兄はまた泣いた。ずっとだ。俺が見つけたときもだ。女の家の、女の好きだった小さな庭に、小さな小さな墓を作り、この子を抱えてその前でな」
 そして、この子を連れて帰った。
「これが、この子の母と兄の話だ。いいか?」
「う、うむ」
「まあ、酔った席での話だ。どこまで本当かわからん。脚色もだいぶ入っているような気がする」
「そ、そうなのか!?」
「ああ、そうだ。で、大事なところは次なんだが・・・」
「次?」
「この子をしばらく預かってくれないか?」
「はあ!?」
「いや、実はな・・・」
 赤子は鬼達の中で育てられたが、兄以外と話そうとはしない。人に近すぎるのかもしれない。乳母にも懐かず、血の近い自分とも会話はほとんどなかった。
「このままでは、あまり良くないと兄と話し合ってな」
 誰かのところにしばらくあずけてみるのはどうかと、二人で決めた。悪くても気晴らしぐらいにはなるだろうと。
「それで、ここか」
「なかなかいい考えだろ?ここはこの子にはうってつけだ。この子が酒呑童子の子だと知っているのは本人と兄と俺だけだし。その点は問題ないだろうよ。誰かが命を狙って襲ってくるなんてぶっそうなこともあるまい」
「いやいや、どうしたものか・・・・・・」
「駄目、か?」
 ちょっと困った顔になった。
「い、いいじゃないですか」
 姫様が言った。涙ぐんでいた。
「し、しばらくのあいだ、あずからせていただきます」
 自分と、重ね合わせているのかもしれない。
「お、おい、勝手に・・・」
 頭領は困惑していた。何か言おうとしたが、涙目の姫様を見ると何も言えない。
「きまり、だな」
 にやりと笑って立つ。女の子も立った。
「この子は朱桜という。よろしく頼む」
 頭を下げた。女の子も茨木の後ろで頭をほんの少し下げた。