小説置き場2

山岳に寺社仏閣に両生類に爬虫類に妖怪に三国志にetcetc

あやかし姫(15)

あやかし姫~跡目争い(28)~

鼻歌を小さく奏でながら、姫様は一方に目を向けていた。 灰混じりの風が冷たく、姫様の黒髪がくすんだ色合いを帯びている。 虚無を湛えた眼差しの先には、赤く鳴動する山々があった。 火羅をおんぶし直し、鼻歌を止め、どうしようかなと囁く。 それから、頬…

あやかし姫~姫と酔い狼~

「はい、あーんして、あーん、あーんしなさいよ!」 「……」 姫様が苦笑を浮かべていて、火羅が尾っぽを立てていた。 肩まで桃色に染めるは重ねた杯の証、つまんだ白身の半身を姫様の口元に突きつける。 それでも微苦笑したまま口を閉じていると、釣り上がっ…

あやかし姫~梅雨の宴のこと~

「あの、太郎様」 「うぅん?」 太郎が、寝ぼけ眼をあらぬ方向に向ける。 火羅は、いつものように露わになった肩を軽く竦める。 気持ちよさげに眠っているのを邪魔するのは忍びなかったが、これも仕方なしと自分を納得させ、火羅はあちこち移ろう黒い瞳と目…

姫様遠足習作なり

「あの、太郎様」 「むぅん?」 寝ぼけ眼の太郎に、眠りを妨げてしまったかと思いながら、火羅は膝を曲げ目線を合わした。 小妖達と寝そべっている狼の様は、何とも威厳のないものだった。 「今、何刻?」 頭から落ちた小妖を掌で受け止めながら、 「もう、…

あやかし姫~跡目争い(27)~

彩花が表情を変えた。 心底驚き、呆れ、ついには心配するように眉を潜めた。 「止めた方がいいですよ」 「は……燃える! そうよ、これが、これが私よ!」 妖気を全開にする。 力が全身に巡る。 勢いよく吹き上がった炎が全身に絡みつく。 炎を操る妖狼として…

あやかし姫~跡目争い(26)~

彩花はとても楽しそうだった。 鬼気迫る表情の彩華が滑稽に思えるほど楽しそうだった。 原型を留めないほど変化した彩華が必死に抗うその様を、混じりけのない笑みで見下ろしている。 火羅の知らない彩花だ。 蔑むのも弄ぶのも嬲るのも、彩華の役割だったは…

あやかし姫~跡目争い(25)~

燃え落ちていた。 何も感じなかった。 何も感じられなかった。 ここに、今立っているこの場所に、西の妖狼の集落があったとは思えない。 燻る黒煙、熱持つ炭塊、見渡す限りの残骸達。 足下が波立っていた。 揺られながら歩いた。 数百年暮らしてきた場所なの…

あやかし姫~跡目争い(24)~

「成功です、成功しましたよー」 「……お前、ら」 「あんた達」 ずんずんと朱桜が先導する森で、待っていたのは黒い男と白い女。 細々と生える木々や草々を掻き分けた先、一人はよく知っている顔で、もう一人は僅かに、だけど忘れる訳のない顔だった。 「無事…

あやかし姫~妖狼の琵琶~

赤麗は歌が好きだった。 火羅のためだけに歌ってくれた。 素朴な歌声が好きだった。 そんな思い出も昔のこと、赤麗は儚くなったのだ。 今は、彩花がいる。 ほろり、ほろりと、琵琶を弾く。 名人芸とまではいかないまでも、聞かせられるようになるまで腕を磨…

あやかし姫~薬狼~

彩花は、薬の臭いがする。 片肌を脱いだ葉子を見ながら、火羅はそう思った。 背中の火傷に薬を塗ってもらおうと、昼の微睡みで閉じそうになる目を擦りつつ戸を開けると、先客がいた。 眠気は一瞬で吹き飛んだ。 白狐の黒ずんだ右腕に触れる少女は、唇を噛ん…

あやかし姫~朱桜の花嫁修行~

星熊童子の視線が止まるのに合わせて、その典雅な歩みも止まった。 目を止めたのは、難しい顔を付き合わせている秀麗な男達。 そっくりの顔立ちでありながら、一方は穏やか、一方は冷ややかと、正反対の印象を見る者に与えるだろう。 西の鬼を治める偉大な双…

あやかし姫~鬼姫の憂鬱~

誰も構ってくれないので、鈴鹿御前は飼い猫である鈴と一人と一匹で過ごしていた。 だらしなく寝転び、子猫の柔らかな肉球をぷにぷにしながら、早く誰か来ないかなっと思う。 誰も構ってくれないと、寂しくて、寂しくて、ついあの人を想ってしまうというのに…

あやかし姫~狐玉~

周囲の様子を窺う、細面の艶やかな女。 長い髪の間にぴんと立つ獣の耳が、忙しなく動かしていた。 あっちやとん、こっちやとんと、調子を取るように緩やかに動く、腰から伸びた白い尾が九つ。 女は妖、九尾の銀狐の葉子である。 さくり、さくりと、足跡を残…

あやかし姫~跡目争い(23)~

「あたいはさぁ……あの暮らしが気に入ってたさよ。クロちゃんはどうか知らないけど、太郎だってどうか知らないけど、あたいはね。騒々しいけど、いい意味で落ち着いたと思ったのに、どうしてこうなったさね。玉藻御前様より恐ろしい事なんて起きないと思って…

あやかし姫~跡目争い(22)~

「今日は……今日も、来ないのか」 黒之助は忙しく、あまり会いに来れなかった。 大切にしていた人の娘が姿を消したのだそうだ。 本当に人の娘なのかどうか、怪しいものだとなずなは思う。 あの瀧夜叉に妖猿と、互角に渡り合ったのだ。 「来てくれないのか」 …

あやかし姫~跡目争い(21)~

姫様が消えた。 目の前から消えてしまった。 触れることが、出来たのに。 蛇が、食った。 蛇に、食われた。 太郎は、姫様を呑み込んだ大蛇の主を見据えた。 影から這い出た大蛇が、赤い舌を出し入れさせる。 飄々とした翁の表情に対して沸き上がる何かを、太…

あやかし姫~跡目争い(20)~

鬼ヶ城が、干からびていく。 浴びるように妖気を喰らう。 渇いた地面が広がっていく。 「ん――」 立っていられなかった。 餓えの渦は、少しずつ大きくなっている。 漠とした、薄闇である。千々と形を変え、様々なものを喰らっていた。 何かがお腹の中で脈動し…

あやかし姫~跡目争い(19)~

彩華は、何をするでなく、呆けたように座り込んでいた。 身動ぎすらほとんどなく、何だか死んでいるようで、心配になって顔を覗き込むと、怯えたような表情を見せた。 これがあの女だとは思えなかった。 どこぞの廃れた社に降り立ち、巣くっていた小妖達を追…

あやかし姫~跡目争い(18)~

だらりと涎を垂れ流す彩華が、ぎろりと彩花に目線を据えた。 口を大きく開け放し、獣のような牙を剥き出しにしている。 彩花だけを見ていて、火羅が入れる隙間はない――はずなのに、縋るような視線を感じる。 太郎様を、葉子さんを、呼ばなければ――そう思うの…

あやかし姫~跡目争い(17)~

泣き出した火羅をあやすために腕を廻した。 齢に似合わぬ幼い仕草をされると、ついつい甘くなってしまう。 一族を率いる峻厳な姫君の仮面を脱いだ妖狼は、甘え癖のある姫様と対等な可愛らしい―― だけど、姫様の名前を言わなかった。 似た名前を告げ――抱くの…

あやかし姫~跡目争い(16)~

流麗な指使いで彩花が部屋に結界を張った。 火羅は、ああ、二人きりで向き合うのだと思った。 「……そろそろ、この不毛な会議を終わりにしたいのだが」 「ごもっともですと、主は仰られております」 酒呑童子は、円座の一角を占める丸々とした白兎を不快げに…

あやかし姫~跡目争い(15)~

「はい、彩花姉さま、あーん」 「あーん」 はふ、はふ、もぐ、もぐ――甘い。 可愛い可愛い義妹の作る料理は、どれもいつも甘い。 どんな料理も、全て甘い。今も、甘い甘い甘い、黄金色のお粥だ。 美味しいか不味いかと訊かれたら、少し悩んで、後者を選ぶ。 …

あやかし姫~跡目争い(14)~

「ん――」 「んふ」 頭が、痛い。鬼ヶ城からどこぞの山に降り立ち、彩華と妖猿の間に鬼が現れ、その前に、黒之助と白い天狗が、数多の天狗が、異様な姿をした少女が。 そうだ、あれは、あの鬼は、あのおぞましい鬼は―― 「起きたか?」 「……彩華?」 右袖のな…

あやかし姫~跡目争い(13)~

その姿を見て、姫さんだと思った。 ごてごてと色々なものが集まった醜悪な姿、まるで、百鬼夜行をぎゅっと押し潰して、無理矢理一つの人の像にしてしまったような歪さ。 左右の腕も、左右の足も、背中に生えた左右の翼も、髪の一本すらも、違う妖のもの。 そ…

あやかし姫~ある古寺の朝の一景~

「姫様ー、姫様、姫様ー」 「姫様、そろそろ起きるさよ」 太郎の声。 葉子が夜具をわさわさ揺すっている。 「うぅ、もう少しだけ」 姫様は寒気に身を震わすと、ますます夜具に潜り込んだ。 「ほらほら起きた起きた。ついでにさ、あたいを布団から出してくん…

あやかし姫~跡目争い(12)~

猿と彩華が戦っていた。 彩華は、火羅達を守りながら戦っている。 猿は、鬼の女を守りながら戦っている。 火羅は見ていることしか出来なかった。世界が違いすぎる。戦っているのはわかるが、どのように戦っているのかわからなかった。 空気が灼け、小石が弾…

あやかし姫~跡目争い(11)~

瀧夜叉を口から離した虎熊童子と、美猴王のぶつかり合いが始まった。 彩華の腕が火羅の首に絡みつき、彩華の顎が火羅の肩に乗せられていた。 彩華の顔は何とも可笑しげで、火羅の顔は恐怖で引きつっていた。 「う、ぬ?」 それまで向き合っていた彩華に目も…

あやかし姫~跡目争い(10)~

「何なのさ、この騒ぎは」 鬼ヶ城に、血の匂いがたちこめたのは、突然のことだった。 葉子は、すぐに部屋を飛び出し、姫様達と合流したかったが、思い直してその場に留まった。 意識のない茨木童子と動転しっぱなしのやまめを置いていくことが、どうしても出…

あやかし姫~始明けの姫君~

早いもんで2010年でございます 皆々様、どうぞよろしゅー 一緒に日の出を見ると約束した。 だから、とんとんと肩を揺する。 妖狼は、姫様の傍らでこてんと首を傾け、紅い髪をふらふらさせながら微睡みと戯れていた。 小さな小さな妖狼だった。 小さな――…

あやかし姫~跡目争い(9)~

「朱桜ちゃんの、お姉さん?」 姫様は、腕の中の幼子と目の前の女を何度も見比べると、形のよい眉を吊り上げ、頬の血を掌で拭った。頬の傷は掠り傷で、一度拭うと傷痕は幽かなものになった。 顔を露わにした女を食い入るように見つめ、その細首を傾けさせる…